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第三十五話 ジーク

 ユミル達との面会を終えたジークは、諸々の手続きを済ませそのまま病院を後にする。


 外は既に夕暮れ。魔道具の明かりが街並みを照らし始め、活気がある呼び込みが多種多様の人々が行き交う中で声をあげる。


 それはかつての情景を思い出すような光景。


 然りとてそんな光景を目にしても、ジークはその歩みを止める事なかった。


 隣にユミルがいたら結果は違ったのかもしれないが、ジークはそのまま病院から少し離れた停留所で魔導車を適当に拾って帰路に着く。


 目的地を告げ、動き出した魔導車の窓越しにぼんやりと外を眺めながら、ジークは一人思い耽る。


 トリアの黒点。争奪戦の拡大。そしてユミル達の成長と変化。ぱっと考えるだけで見過ごす事が出来ない問題が、ジークの頭に浮かぶ。


 それはどれもこれもが、早々に解決しないような問題ばかり。


 トリアに現れた黒点。結局あれが何だったのか判明していない。


 現代の魔法だったのか、古代遺物の仕業だったのか、はたまた魔物が引き起こした現象なのか。その手掛かりすら何一つ無く、完全に想像任せの現状だと言う事はエミル達に語った。


 だがあの黒点が齎した影響までは語っていなかった。


 それはジークが争奪戦において、エミル達にとって不必要な外敵要因を排除するための情報収集をしていた時の産物で、集まってきたものの中にあった。


唯一の人神(リヒト)


 それは人口の約九割以上を人種で占める大国、天の国が発祥と言われているある組織の名だった。


 多くの留学生が滞在するヴァールテクスで、他国の話が出てきても何らおかしくない。ままあることだろうと、普段のジークなら少し気に留まるだけのような噂話。


 しかし、その名はとうてい看過できるものではなかった。


 何故なら彼等は特別種を人のなり損ない(亜人)と蔑み、人種こそ至高であり神を秘めていると謳う集団であり、その活動は専ら人種の進化の可能性を探求することであるために。


 そしてその探求には余念が無く、過激な者が常軌を逸した行為に及ぶ事で、国から目を付けられている組織であり、その人身御供となったのが恐らくユミル達だと、バルドやハザックは語っていた。


 故にジークが警戒しない理由がない。


 何故そんな組織の名がいきなり出てきたのかと、早速調べてみれば嘘かまことかあの黒点はトリアだけでなく、大国小国問わず他の国にも現れていたそうだった。


 それも時間が経てば経つ程、留学生が多いヴァールテクスでは黒点が現れたと言う情報がどんどんと集まる。それこそこの話題は世界情勢に少しでも関心がある者なら、誰でも知っているぐらいには共有されていた。


 ジークはもはやそれが嘘だと思わなくなった。


 そしてその話題から何故唯一の人神の名が出てきたのか、ジークはその理由の一端を容易に想像が出来た。


 黒点に対して多くの人類が抱いたのと同じ様に、安全圏であった場所にいきなり魔物が現れたことに、彼等もまた危機感を持っただけなのだと。


 それは考えてみれば当たり前のことだった。彼等の組織も根本である人間社会が崩壊してしまえば意味がない。


 ならば崩壊する可能性がある前に……


 そこまで考えてジークは更に気付く。


 これは唯一の人神だけの問題では収まらない。他の、それこそジークも知らない組織が動き出してもおかしく無い。そんな厄介極まりない状況になっているのではと勘繰ってしまう。


 そしてそんな彼等が武力、財力、希少性を兼ねた自由の一個人がいると知れば、その先の行動は自ずと知れるだろう。


「(護る力が、圧倒的に足りない)」


 ジークが想像するような状況にはまだ至っていない。けれど、いつかその時が訪れてしまったら、一人で護れると豪語できる程、ジークは青く無かった。


 厳しく理不尽な現実を知っている。この世界で生まれ落ちてから半生、伊達に辛酸を嘗めてはいない。


 故に万全の注意を払い、悪縁を振り払う準備を怠ってはいけない。


 それに聡く悪意に敏感なユミル達はきっと遅かれ早かれ、この事には気付く。その時に、何も解決策もなくただ狼狽えるだけの姿なんて見せられない。


 たとえそんな姿を晒したとて、ユミル達は失望しないと分かっていても、謝罪の言葉さえ不要と可愛い仕草で伝えてくるユミル達の前で、ジークも格好をつけたかった。


 魔物との戦闘で一度、無様を晒した。それも致命的なまでのものを。あの時、ユミルが庇ってくれなければ、ジークは今も病院で寝ているか、二度目の人生が終焉を迎えていた。


 ジークが面会に向かった時の心情を、ユミル達は知らないだろう。


 何を言われるのか。緊張しながら扉を開けた。


 しかし、蓋を開けてみればユミル達はほんの少しの軽蔑も無く、相変わらず勘違いしそうなぐらいのスキンシップで変わらずに接してくれた。


 それにジークがどれだけ安心したことか。


 そして安心した後に残ったユミル達への愛らしさが、ジークの意志を固める。


「(虚仮威(こけおど)しでも無い、掛け値なしのありのままで、貴女の幸せを望むジークと言う存在が側に居続ける事を、どうか許して欲しい)」


「お客様。到着しましたよ」

「……あぁ、ありがとう」


 思考の海を泳いでいたジークは運転手に声をかけられて、浮上する。


 ジークは掲示された運賃を支払い、魔導車から降りた。

 

 そこは家から少し離れた場所。ここからは徒歩で三十分程だろうか。


 身体と普通人より優れた五感を魔力で強化して、ジークは家まで歩く。


「(ん? アイツらは)」


 不審な追跡者がいないかを確認しながら歩いていたジークは、自身の家の前で待ち構えている二人組を肉眼で捉える。


 見覚えのある、男女の二人組。


 それはかつての()()。今世では『存在しない国(アウターワールド)』での王女()()()女とその護衛騎士の男。


「あら、やっと帰ってきたのね。待ちくたびれたわ」

「……」


 思ってもいない言葉と妖艶な表情を向けてくるマリティモと、無言で会釈するファルスに、ジークは苦虫を噛み潰した顔を隠さずに出迎えた。


これにて一章は終わりです。


遅筆ですが、これからもお付き合い頂けたら幸いです。

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