第三十四話 これから
遅くなりました。続きです。
ユミルが頬を染め耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに俯き、手をもじもじとさせている。
そんな姿を目の当たりにしたジークはというと、エミルの暴挙が吹き飛ぶ程の衝撃に襲われ、声も出さず固まってしまっていた。
しかしジークの固まってしまった身体とは裏腹に、内心はユミルの所謂ギャップ萌えを受けて荒れ狂っていた。
「(何だこれ……反則だろ……可愛いすぎるだろ……)」
たったの一ヶ月で成長を遂げたユミル。その理想的と呼べる成長後のユミルの姿は、見慣れていたはずのジークでも少しの可愛らしい仕草をするだけでも動揺するぐらいには、魅力的になっていた。
それは今までの妖精のような神秘的な美しさに相反していた凄惨な傷が、胸元のもの以外全て消え失せ、病衣から覗く健康的な肢体や身体付きが女性らしくなっただけの変化。それこそ容姿そのものが劇的に変化した訳ではないのに、異性どころか同性でも容易に惹きつける、まさに魔性と呼んでも差し支えない魅力をユミルは手に入れていた。
エミルに抱きつかれた際、ジークは大変だった。
たった一ヶ月触れ合っていなかっただけなのに、病衣越しでもはっきりと分かってしまう押し当てられた双丘の柔さと、全身で感じる異性が抱きついているという感触。五感が鋭いジークはエミルの体温に脈動、それに脳を痺れさす甘い匂いで理性が削られ、トドメと言わんばかりの息を呑むほどの美しい無垢な笑顔を向けられて、本能が抗えない所まできていた。
愛おしい。首元に嚙み傷を残したい。今まで庇護の対象であったはずなのに番としての証をなんて、そんな欲望を抱いてしまう。
それほどまでに猫の様にすりすりと身体を当ててくるエミルに、ジークは自身でも驚く程に魅了されていた。
しかし、そんなジークもエミルからユミルに変わった事によって冷静になる。
終わった。それはエミルからユミルに変わった瞬間のジークの心情だった。
もしユミルの目が見えていたら、赤から青に変わる滑稽な姿が映っていただろう。
しかし幸いにもユミルはそんなジークの変化には気付かず、今まで見たことない愛らしい反応を示した。
「(しかし、これはまさかの変化だな)」
大きな衝撃が過ぎ去り冷静になった所で、ジークはこの変化をどう受け取ればいいのか考えだす。
ユミルの普通の女の子らしい変化に喜ぶべきか。それとも危惧するべきか。
「(……いや、考え過ぎか)」
今考えた所で答えは出ない。
質疑応答の時は普段の静謐なユミルだった事を思い出し、今がただのイレギュラーなのだと、ジークは直ぐに答えを出そうとする癖を止めた。
そうしてジークはそれよりも部屋を訪れた本来の目的を果たそうと、口を開く。
「落ち着いたか?」
「う、うん」
「そうか。なら、話をしよう」
「分かった」
まだ頬が少し赤みを帯びているユミルだったが、挙動が元に戻り幾分か冷静になっているだろうと判断したジークは声をかける。
ユミルもジークの声色だけで真面目な話だとすぐに反応し、そっとベッドに腰掛け同じく真剣に話をする姿勢を見せた。
そうしてユミルが聞く姿勢になったのを確認してから、ジークも近くの椅子に腰を下ろし、話を切り出す。
「ユミルが眠っていた期間に、色々と分かった事がある。まずはトリアに現れた魔物のことだな。あれらの魔物は本来、法の国に生息していない種だと判明した。そして調査の結果、天の国の南西の砂漠地帯に生息する五等級の『黒蠍』、と言う魔物だったことまでわかった」
ジークが最初に切り出したのは、トリアに現れた蠍の魔物についての情報だった。
「ふぅん」
「ちなみに俺達がやりあったのは、これの捕食種で知能持ちの特別個体。余裕で二等級の化け物だったよ」
「そう」
「あまり魔物には興味はないか」
「うん」
ジークの予想通りそもそも討魔者ですらないユミルは、自身が死闘を繰り広げた他を喰らい驚異的な成長する魔物の正体に興味は無いようで、終わった事だとあっさりと流した。
そしてそれは黒点の話題でも同じだった。
未だあれが何だったのか判明していないために、ジークが現状で可能性のある仮説を羅列しているのを、時折相槌はするものの聞いているだけで、特に反応がなかった。
「それよりも被害はどれぐらいだったの?」
ただ魔物によって及ぼされた被害の方にはユミルは関心があるようで、ジークに質問が飛んでくる。
「あぁ。ユミルのおかげで、幸い死傷者はいなかったみたいだ」
そう伝えるとユミルは良かったと柔らかな笑みを浮かべた後、ジークの言葉を訂正した。
「私とジークで、でしょ?」
「そうだな」
「どの程度の被害だったの?」
「被害に遭った者の中に重傷者はほとんどおらず、軽傷者ばかりだったそうだ。そしてそれは魔物よりも混乱した人々の人災の方が、被害的には大きかったようだ」
「そう……ジークの友人達は大丈夫だった?」
この質問でジークはユミルが魔物と対峙した時、逃げると言う選択肢を選ばなかった理由の一端を察した。
「大丈夫だ。ただ、あいつらも少し無茶をしたらしく、数日はへたばっていたみたいだがな。今ではもうすっかり元気だぞ。うざいぐらいにな」
ジーク達が大物と対峙している時、ミサキ達も魔物による被害が最小限に収まるように尽力していたようで、己の限界ギリギリまで人々を助け、導く姿は国騎士の手本の様だったと事が終わった後に助けられた多くの人に賞賛されていた。
そうして彼等もユミル達と同様にこの一月の間で一躍時の人となって、頭を抱えてジークのもとにやってきた事ジークは笑みをこぼしながらユミルに伝える。
「それは、よかった?」
「まぁな。ただこれはお互い様だから、あまり人の事を笑ってられないがな」
「うん。面倒くさい事になった」
「あぁ、既に面倒だぞ」
元々一部の者達から注目を浴びていたユミル達は、今回の活躍によってイージスアート学園どころかヴァールテクスにまで名が広まった。
それだけ二等級の魔物を討伐したという功績は大きかった。
しかしそれは今までユミルを恐れ、様子見していた争奪戦参加者達にとっては由々しき事態だった。争奪戦に関係ない多くの者、すなわちユミル達の特異性を知らない者たちがユミル達に興味を持ち始めたのだ。
これには流石の関係者達も座して待つのは悪手だと理解し、姿を見せないユミルの代わりに、現在進行形でジークにアプローチを仕掛けている最中でもあった。
争奪戦とそうでない者。様々な思惑を抱えたアプローチを一身に受けるジークは、遠い目をしながらユミルの言葉に同意する。
そんな実感のこもったジークの言葉に、ユミルはベッドへと倒れ込み分かりやすく渋面を作った。
「こればかりは元々避けて通る事が出来ない事柄だが、少し規模が大きくなり過ぎたな」
「今はミサキ達だけで十分なのに」
ボソっと小さな声で可愛いらしく駄々をこねるユミル。そんなユミルに笑みを浮かべながらジークは椅子からベッドへと腰を移し、隣で寝転がるユミルの頭を優しく撫でながら会話を続ける。
「こればかりは仕方ない。大変だと思うが、これも経験の一つだ。俺も出来る限りで助けよう。それに新たな出会いがきっかけで友が見つかるかもしれないし、ユミル達のやりたい事が見つかるかもしれない」
「やりたい事?」
「あぁ。勧誘は今の時点で既に多種多様で、多岐にわたっている。その中には当然、知らなかった分野からの勧誘もある訳で、話を聞くだけでも興味を惹かれる物が沢山あった。だからきっと、ユミル達が惹かれる何かがあると、俺は思うんだ」
敷かれたレールか、そうでないレールを選ぶか、はたまた自身で新たなレールを敷くか。ユミル達が何を選ぶにせよ、ジークはそれをちゃんと見届けたい。
そしてユミル達が選んだそれが、最善であれとジークは願っている。
故にユミル達には面倒だと思われても仕方ないにせよ、この状況を少しでも前向きに捉えて欲しいとジークは思ってしまう。
「……見つかるか分からないけど、ジークが言うなら頑張ってみる」
「そうか」
そこでジークとユミルの会話は途切れ、部屋には無言の時が訪れる。
それから静かになった部屋にはベッドの軋む音と衣擦れの音だけが、面会の時間が許されるギリギリまでなっていた。




