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第三十三話 おはよう

遅くなりました。続きです。

 その目覚めは唐突だった。


 特別病床の眠り姫。その彼女をおかっなびっくりで看護していた看護師も、微笑みを携えてお世話できるような余裕が出てきた頃。


 検査機器は何の前触れもなく、突然警告音を鳴らす。


 それは眠り姫の目覚めを告げる音だった。


 看護師は突然なり響く音に肩を跳ね上げ、目を見開き検査機器と眠り姫を勢いよく交互に視線を向けた後、ぱたぱたと足音を鳴らしながら足早に病室から出ていく。


 そうして看護師が出て行った後、外の日も落ちている時間帯だと言うのに眠り姫の目覚めを待ち焦がれていた者達によって、静かな病床は俄かに騒がしくなり始めた。


 ただそんな事を知る由もない眠り姫は、誰も居なくなった病床のベッドからのそのそと起き上がり、寝惚け眼を擦りながら至って普通に目を覚ました。


『まずは確認』

『ふぁい』


 エミルの寝ぼけた頭にユミルの言葉が響く。


「(んー、かくにん。かくにん)」


 それに生返事をするエミルだったが、寝ぼけた頭でも辺りを見渡すように何度も首を振り、ちゃんとここが安全かどうかを確認する。


『がいてき……ない。きけんど……ひくい。うるさいのは……よくわかんない』

『それは私も分かんないけど、とりあえず良し』

『んー、なんか身体にいっぱい付いてる』


 マイペースな二人は意識がはっきりするまで適当な会話を続け、だんだん意識が明瞭になってくると、それぞれ別の事をし始める。


 エミルは身体に付けられた検査機器を不器用ながらに一つずつ手で剥がすことに。


 ユミルは五月蝿く警告音を告げる検査機器が無害か有害か分からなかったために、とりあえず重力魔法で黙らせてから、普段の日常生活で使っていた魔法を次々と展開していくことに。


 そうしてお互いにやっていた事が終わると、エミルは大人しくベッドの上で座して待つ。


 いつ誰が入ってきても初手でごめんさないが出来るように正座で。


 けれど暫く経っても誰も病室を訪れる者がいないと分かると、足を崩して再びベッド上に横たわり、お気に入りの枕を取り出してはそのまま二度寝を決め込むのだった。


「これ、ユミルとエミルですね」


 この時、エミルは誰にも見られていないと思っていたが、実際にはエミルの目覚めを聞いて大急ぎで駆けつけた者達が、その行動を監視していた。


 その代表であるジークはエミルの一連の行為を真剣な顔つきで、強化ガラス越しに観察していた。そして隣で一緒に見ていたメリダに断言するように声をかける。

 

「そうなの? メリダさんには、ジーク君程に断言は出来ないよ」

「身体強化で拘束具をまるで歯牙にもかけない所から、とりあえず検査機器を止めようとして、ぶっ壊す所とか。後はちゃんと謝意の姿勢を示しているのも、エミルとユミルが共存している証拠ですね。和の国の時から、変わってない」

「うーん。メリダさん的には、二つ程変わってて欲しかった部分があるのだけど、ジーク君がそこまで断言するなら、二人の人格には問題が無さそうなのかな」


 この一月でジークと親しくなったメリダは、ペラペラと分厚い書類を捲りジークが列挙する部分が報告書通りなのかを精査しながら、内心の安堵を隠さずに語るジークの言葉に耳を傾ける。


 膨大な報告書を渡してきたハザックもそうだが、ジークも同様にエミルとユミルの事が大切なのだとこの一月でメリダは深く理解した。


 なので依然として良い関係性を築くことすら出来ていないメリダは、その助けとなる話題が多く混ざっているのジークの語りを極力聞き逃す事はしないのだった。


 そうしてジークから饒舌に語られるエミル達の色々な報告書に書かれていない諸々を耳に入れながら、メリダは恙無く精査を完了させる。


「よし。そろそろ次に進もうか」

「そうですね」


 メイドがそう言うと二人は監視室を後にする。


 二人はエミルが目覚めたのを確認したからか、これまでとは違って足取りは軽く、顔には険しさが無かった。


 ただ


「経費で落ちるかな……」


 メリダは部屋から出る直前、壊れた検査機器とまた同じく壊れた特殊な拘束具を思い出し、ふと呟く。


「……すみません。お手数をおかけします」


 メリダの呟きに自分のしでかした事では無いのだが、ジークは罰が悪くなりエミルの代わりに頭を下げ、謝意の姿勢を見せるのだった。


 ◇


 自分の名前は?


 記憶の混濁は?


 身体に違和感は?


 一つ答える度に、新たな質問は増えていく。そして一連の質問に答えてもそれで終わりではなくて、検査が終わる度に人が代わり、また同じ質問が繰り返される。


「『めんどくさい』」


 目覚めてから何日も繰り返される検査と質問の反復で、エミルもユミルも声を揃えて愚痴るぐらいには辟易する。もはや最初に感じていた罪悪感が消え去る程に。


『お姉ちゃん。後どれぐらいかかると思う?』

『ん。後二、三日はみたほうがいいかも?』


 和の国にいた時も現実世界で意識が長期間無かった時、この手のやり取りは経験した事がある。ユミルはその経験から大体の期間を予想する。


『あぅ』

『あ……もしかしたら、もっと掛かるかも』

『うぇ』


 魔物の一件を失念していたユミルはそれを思い出し、更に拘束期間が伸びる可能性があると伝えると、エミルは露骨に嫌そうな顔をする。


 エミルにとって今の状況が続くというかもという情報は、あまり嬉しいものではなかった。知らない大人達を相手にするのは、ほとほとに嫌気がさしていた。


『ジークに会いたい』

『私も同意』

『……抜け出しても良い?』

『それをやったら、確実に拘束されて二週間は堅い』

『……エミル。大人しくしてる』

『それが賢明』


 ただ大人しくすると言った割には、うぅー、とお気に入りの枕に顔を埋めてゴロゴロと病衣が乱れるのも気にせず、ベッドの上で転がりストレスを発散するエミル。


 それは一月前まではただの可愛らしい行動だったが、今はちょっと違った様相を呈する。


 露出を減らした病衣を着ていても年相応までとはいかないが今の成長した身体つきでは、乱れた病衣から大胆にのぞく素肌と艶めかしい手脚は、異性には少々刺激的だった。


『はしたない』

『意味わかんないー』

『とりあえず、服を整えて』

『むぅ。分かった』


 部屋には誰もいないが監視されている事を理解しているユミルは、他人からエミルがどのように見られるか分かっているので軽い注意をする。


 しかし、散々身体を見られてきたエミルには現状素肌を見られる事に対して何も覚えない。


 これが病床でなければエミルもユミルの忠告に首を傾げる事は無かったのかもしれないが、()()()にも成長したとは言え、まだまだ成長途中のエミルには早かった。


 ただ一応分からないなりにもエミルは言われた通りに、乱れた病衣を自分で整え始める。


「(本格的に異性の劣情について、指導する必要があるかも)」


 新たな課題にどうしたものかもユミルが頭を悩ませている最中、新たな訪問者が来たこと告げるノック音が部屋に響く。


「どうぞー」

『あ……』

「入るぞ」


 ユミルが反応する前にエミルが反射的に返事をしたために、ノックの主が部屋の中に入ってくる。


 ちなみにエミルはまだちまちまと病衣を整えている最中である。


「なにか既視感を覚えるのだが……これは不可抗力だ」


 入室して直ぐに状況把握し、両腕を上げて無抵抗を示すその誰かは、エミルやユミルが良く知る人物だった。


「あっ! ジークだぁ」


 聞き慣れた声が耳に届き部屋に入ってきた者がジークだと気付いたエミルは、整えていた病衣をそのままにベッドからぴょんと軽快に飛び降りると、飛び込むようにジークに抱きつく。


「うぉ……急に抱きつくなよ」

「えへへ。だって、嬉しいんだもん」


 会えた喜びを全身で表すエミルは口角を上げて、にへらと笑う。


「お、おう」

「『ん?』」


 しかしその笑顔を受けたジークはいつもと違う反応を示し、エミルとユミルは同時に首をかしげる。何時もなら何だかんだ言ってもちゃんと抱きしめ返して、大きくて優しい手で頭をなでなでしてくれるはずなのに、どうしてか今は腕を上げたままさまよっていた。


 それは試しにつま先立ちで頭を強調してみても、胸にぐりぐりと押しつけてみても変化はなかった。


「む? ドキドキしてる?」

『これって……』


 あれやこれやとしていると肌を密着させているために、ジークの鼓動が何故か早まっている事に気付くユミルとエミル。


 ユミルに至ってはそれだけでなんとなくの状況を察したが、エミルはジークの態度と鼓動の早まりの理由が分かっていなかった。


「そろそろ離れてくれると助かる」

「いや」

「えぇ……」

「むぅぅ。む?」

「ちょ――ッ」


 ジークが抱き返してくれない不満を全身で表していると、偶然にもエミルはジークのちょっとした違和感に気付く。そして何気なく手を伸ばし直接確認しようとして、エミルは急に裏に引き戻される。


 突然、前触れも無く身体の主導権がユミルに切り替わったのだ。


『いきなりどうしたの?』

『ちょっと、大人しくしてて』

『ん? 分かった』


 少し焦っているユミルの有無を言わせない言葉に、エミルは大人しく従うことにした。


「おは……ょぅ……」


 伸ばしかけた手を急いで引っ込め、ユミルはジークから距離を取る。そして開口一番にエミルの愚行を無かった事にしようと口を開こうとするユミルだが、言葉が上手く出てこずかろうじて出てきたのは、今にも消え入りそうな声での挨拶だけだった。


「(顔が熱い。ジークの方を見れない)」


 エミルが分かっていないから何も感じないと思っていたのに、ユミルは表に出た途端に自身の顔が火照るのを感じる。


 恥ずかしい。嬉しい。エミルのばか。あほ。


 ジークには色々と話したい事があったはずなのに、そのどれも言葉にする事が出来ない。


 今はただ早くなる鼓動と目まぐるしい感情の渦にユミルは頬を染めて俯き、身を捩る事しか出来なかった。


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