第三十話 覚醒
遅くなりました。続きです。
尾を切り離した。
追う、いやダメ。魔力、おかしい。
防御。盾二枚、構築。それと――あ、ジークが。
蠍との生存競争で加速したユミルの思考は即座に尾の異変に気付き、やって来るだろう強烈な攻撃を予測し如何にして防ぐかを考え、最適解を導き出し身体を動かす。
重力魔法で魔鉄を集め、身体を守る盾に。そうして更に重力魔法で地面を盛り上げて土壁を作ろうとした所で、ユミルははたと気づく。
蠍の行動に釣られて、失態を犯してしまったジークの存在に。
覚束ない身体強化。魔法の発動予兆無し。自己防衛の不備。
魔力を直接感知できるユミルは、ジークが如何にまずい状況であるかを理解するのに、そう時間はかからなかった。
そして理解した冷静な思考は、このままだとジークが死ぬ可能性が高いことを宣告してくる。
「(だめ)」
ジークがいるのにユミルに募るのはマイナスな感情。それは死闘中でも抱かなかった焦燥感と恐怖だった。
そこからは殆ど脊髄反射に近い動きだった。
中途半端な土壁も自身の防御すらもなりふり構わず、ジークの元に魔鉄の盾を送ったのは。
だがそれが功を奏したのか、蠍が尾に残した魔力が暴走し辺りに致死の破片を撒き散らしながら自壊する直前に、魔鉄の盾を割り込ませることが出来た。
「(あれ。どうして私)」
魔鉄の盾がジークを守るのを確認し、焦燥感と恐怖が軽減されたユミルは自身が咄嗟にとった行動に疑問を持つ。
何故ジークに対して先程の感情を抱いたのか。
妹を守ることが自身の至上命題だったはずなのに、何故この場面でジークを優先してしまったのか。
不完全な土壁は盾として機能せず、守る術さえジークに譲ってしまったユミルは、身体に次々と突き刺さる破片を感じながら、自問自答を繰り返す。
しかし、いくら自身に問いかけても答えは返ってこない。
一つ明確なのは、ここでジークが死んでしまうことを許容出来なかった事だけ。
それ以外はなんとも曖昧で形容しがたい、気持ちだった。
「(もう限界。ごめん、エミル)」
答えが見つかる前に、ユミルの身体が限界を迎える。
自分の意思に反して身体が言うことを聞かず、崩れ落ちるように地に倒れ伏す。
そうしてどくどくと流れ出る命の源泉が己を濡らしていくのを自覚しながら、薄れゆく意識の中でユミルはエミルに謝罪の言葉を口にする。
ただそれは今際の際の言葉ではない。
妹にかっこいい姿を見せる所か、不本意な形で委ねることになってしまった姉からの謝罪だった。
「(後で、ジークにも謝らないと……)」
ドクドクと別のナニカが脈動し始めるのを感じながら、ユミルの意識は闇に沈んでいくのだった。
◇
動体視力に優れたジークは、眼前に広がる今までとは比べ物にならない致死の破片を捉え、分の悪い賭けだと思いながら姿勢を低くし苦し紛れに盾を構える。
盾は幾度も蠍の攻撃を防いだおかげで、ボロボロだ。
これでは即死を免れるだけかもしれないと、一瞬諦観の気持ちが過るが、ジークは生存を諦めなかった。
「(死ぬわけにはいかない!!)」
師匠との約束も果していない。ユミル達の行末を見届けてもいない。二度もこんな道半ばで死ぬのはごめんだ。
色々な激情が渦巻く中、ジークは決死の覚悟で防御を固める。けれどそれは視界を遮る程の巨盾がいきなり間に割り込んでくる事によって、不要になる。
「これはーーッ、ぐぅぅぅ」
呆気に取られていたジークだったがすぐに我に返り、破片が激突した衝撃で巨盾が弾かれないように、構えていたボロボロの盾を投げ捨て、押し留めれるように体勢をとる。
そして間を空けずに訪れた身体全体に響く衝撃にジークは歯を食いしばり耐える。
そうして時間にして僅かだった致死の嵐を、ジークはユミルのおかげで軽傷で済ませる事が出来た。
「ユミルは……」
嵐が過ぎ去り巨盾から手を離し視界が開けたジークは、咄嗟に送ってくれたであろうユミルの安否を確認するために視線を巡らせる。
尾を中心にして放射状に地面はひび割れ抉れ、正しく爆弾が弾けた後の広場。
その中で一人、血に沈むユミルの姿を捉えた瞬間、ジークは息を呑む。
「(最悪だ……)」
考え得る中で一番最悪な結果。
倒れ伏すユミルがジークの想像ではなく現実になってしまったと、ジークは日中なのに目の前が暗くなったかのような絶望感に苛まれるが、突然ユミルから立ち上る濃密な魔力を感じ取り、瞬く。
何処からそんな魔力が。いや、ジークは知っている。両の瞳の義眼が莫大な魔力を貯蔵している魔石に転じている事を。
そしてそれが使用される意味も。
今度は別の意味でジークは緊張する。それは次点ではあるが最悪なのは変わっていない。
髪色が変わっていく。
黒髪から白髪へ。変化はそれだけじゃなく、ジークの本能が警鐘を鳴らす瘴気まで感じ取った頃には、ズシリと空気が重さを持ったように辺りの雰囲気がガラリと変わっていた。
血の海からゆったりと起き上がるのは瘴気で傷を塞ぎ龍を模る、一人の白鬼。
開眼した義眼から本来目視することは叶わないはずの淡く青白く光る魔力すら幻視した。
その数年前とは比べ物にならないほどに変化した状態を見て、ジークは乾いた笑いが出る。
「(はは……師匠。これは無理かもです)」
目覚めたばかりでおろおろと現状確認をしこちらを見つけた途端に笑顔で地を砕きながら向かってくるエミルを、本当に自分が手綱を握ることが出来るのかと物凄く不安になるジークだった。




