第三話 目覚め
3話
ーーゆれてるよ?
俺の目の前にいる一体の鬼が話しかけくる。
ゆれてる?
この暗闇も揺れることがあるのか。
ーーうん。ふしぎだね。
鬼は嬉しそうに俺を見つめて言う。
地震でもあったのかな?
嬉しそうにする鬼に俺は淡々と答える。
ーーじしん? なにそれ?
きょとんと首を傾げて問う鬼。
それはねーー
◇
「交代の時間です、隊長」
「そうか。あの子に、何か変化はあったか?」
「それが私達で色々と声をかけてみてはいるのですけど、依然として反応は無くて......」
「魔法は?」
「それでも、ダメです」
「そうか......」
バルド達は森の中を抜けて、整地された公道に出ていた。後はこの道に沿って進めば安全に和の国まで帰還出来るのだが、御者の交代を告げに来たユキもバルドもどこか浮かない顔をしていた。
「あの子の......治ると思いますか?」
「......正直、厳しいだろうな。特に眼はもう手遅だろう。他が仮に治ったとしても、根本的な問題は残るだろうな」
二人の会話の中心にいる少女は、他の救助者達と違ってバルド達の馬車の荷台にいた。その少女はある理由から交代に来たユキに一緒に乗っているスズ、カナンが森を出る前からつきっきりで監視していた。
「あの子に私達はーー」
「これが俺達の仕事だ」
「......」
「その感情を捨てろとは言わない。だが主観だけで動けばどうなる」
「......」
ユキはバルドが態々言葉にしなくても国騎士の事をよく理解していた。そうでなければバルドが率いる第一番隊に属してはいないだろう。
「はぁ、全くお前もカナンも難儀な性格をしている」
「......隊長だって同類だし」
ユキの愚痴にバルド苦笑するしかなかった。
◇
「ーーが今回の任務の報告となります」
「ふむ、ご苦労であった。何かあれば追って通達する。それまでは暫く休まれるが良い」
「はっ! ではこれにて失礼する」
あれから無事に和の国に帰還したバルドは任務の詳細を記述した書類を提出し終えたところで、五日間にわたる仕事がようやく終わった。
罪人の収監から救助者達の受け入れ、その他諸々の確認で疲労していたバルドは今すぐにでも帰って布団に潜り込みたい気持ちがあったが、足は城と隣接している病院に向かっていた。
休む前にバルドにはどうしても、そこで確認したい事があった。
病院に着いたバルドは受付で手続きを済ませた後、足早に病院の一室に向かいノックも無しに開ける。中には椅子に座って向かいの病室をガラス越しに眺めている白衣を着た男が一人いた。
「よう」
「......はぁ。君もか」
その男は横目で確認してからバルドの無作法には何も言わず、小さくため息を吐き言葉を交わす。
「バルドで四人目だよ。あの子の事情を聞きに来た人は」
「そうかい」
「しかも全員君の所だよ。揃いも揃ってお人好しだ」
「うるせぇ。いいから早く聞かせろよ、ハザック」
「はいはい」
バルドと親しげに話すハザックーー黒髪で眼鏡をかけた壮年の男ーーと呼ばれた男は、この病院では知らぬ人がいないほどの医師だった。
「最初に言っておくけど、君が望むような回答は一つも無いよ。寧ろ、聞かなければ良かったと後悔するものばかりだ。それでも聞くのかい?」
「俺には知る責任がある」
ハザックの前置きに間髪入れずにバルドは答える。バルドは救い出した少女がこの病院にいると聞いた時から、どんな事でも聞くつもりだった。
「はぁ、ならば端的に話そうか。まず彼女の身体から、本来人類には備わっていないはずの結瘴が見つかった」
「......間違いないのか?」
「バルドが気付いていたモノを、僕が見間違えると本気で思っているのかい?」
「......」
ハザックの言葉にバルドは声を詰まらせる。
「これに関しては僕も君と同じで、理解は全くと言っていいほどに出来ていないよ。正直お手上げ状態だ。だから気にせず次の問題を話そう」
「まだ何かあるのか」
「あぁ、と言ってもそれも良いものでは無いけれどね。彼女の身体から致死量のキメラの毒が検出された。恐らくその影響で彼女は未だに意識が回復していない」
「......そうか」
「そうだね。細かい所を上げたらキリがないけど、彼女が未だに生きているのが不思議なぐらいには酷いものだったよ」
「......そうか」
バルドの予想を遥かに超えて、ガラス越しのベッドに一人寝かされた少女は茨の道を進むようだった。
◇
ーーめ、さめるよ
......目覚める?
ーーうん。
そっか。
ーーいってらっしゃい?
そうだね、いってきます。
「ん......」
あの子の言った通り俺は見慣れた暗闇の中で目を覚ます。そして目の前に広がる何時もと変わらない光景に辟易する。なまじ漠然と楽しかった気持ちが残っていた分、このつまらない時間が余計につまらなく感じる。
あの子も今頃俺と同じ気持ちになっているのだろう。多分そんな気がする。俺はあの子に出会ってからと言うもの、無色だった心はあの子色に染まっている様に思う。共感していると言った方が適切かもしれない。
それが良いことのか、悪いことなのか何て知らない。興味もない。あの子も俺も気にしない。
次会ったら今度は何を話そうかと、そんな事のばかりが気がかりだ。
「■■■■■■■」
あの子の会話について一人思案していると、久しぶりに知的生命体の声が聴こえてくる。
懐かしい。初めて声を聴いてから大分時間が経っていると思うのだけど、まだこの暗闇に存在していたのか。
「■■■」
「しね」