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第二十九話 急転直下

続きです。

 第二ラウンドは単純な力と力のぶつかり合いだった。


 蠍は尾から放つ礫でジークを牽制しながら、全身を纏う強固な鎧とその巨大な身体を武器にユミルに接近戦を仕掛け続ける。


 それに対してユミルは再度魔鉄で武器を形成した物を操りながらアイテムボックスから取り出した刀、盾、槍、弓、などの様々な武器を使い分けまた使い潰し、重力魔法によって加えた破壊力をもって蠍の猛攻に対抗していた。


「(クソ……)」


 余波で空気と地を揺らす戦闘は、魔力で強化した目でやっと追える程。ユミルの援護をと思うジークだが、蠍との接近戦が故にユミルへの誤射も考慮しなければならない上に、いざ援護のチャンスがやってきたとしても、断続的に放たれ続ける蠍の礫の対処によってそれすらままならない。


 歯痒い。何度、タイミングを逃しただろうか。


 頭で理解していたけれど、蠍の攻撃一つに翻弄され、碌な援護も出来ず接近戦にすら参加出来ないジークは、自身の無力感に苛まれていた。


「(違う。冷静になれ。俺の役割はまだ他にもあるはずだ)」


 援護が中々出来ない事はもはやそう言うものだと割り切り、思考を切り替えるしかない。


 しかし、思考を切り替えた所で戦況が芳しく無い事が変わる訳ではなかった。


 蠍の身体は傷付き体液を流している。それに瘴気の鎧も砕け、ひび割れ生身だって晒している。けれど、それは蠍にとってかすり傷程度のもので、戦闘に支障をきたす程のものでは無い。


 それに比べてユミルとジークは五体満足ではあるものの、刻一刻と傷は増え、身体の動きに繊細さが欠けていく。


 どんどん疲労と言う澱が溜まっていく。


 このままでは俺達が先に斃れる。


 そんな想像したく無い結末が、ジークの脳裏をよぎる。


 だがそんなジークの不安をユミルは吹き飛ばしてくれた。


「――ッ」


 ジークはユミルが蠍の脚を斬り飛ばす瞬間を目撃し、息を飲む。そして戦闘中だと分かっているのに、視線は傷付き汚れたユミルの(かんばせ)に釘付けになる。


「(綺麗だ)」


 己の勝利を信じて、強者に対して臆する事無く抗う姿はなんと凛々しいことか。


 ユミルの姿に見惚れてしまったジークだったが、蠍の悲鳴の様な声を聞き我に返る。


「(動きが止まった今が好機)」


 ユミルの援護をと動き出そうとするジークだったが、この生まれた隙に自分が反応すると分かっていたユミルから送られるハンドサインを見て、つい笑みが溢れる。


 ブキ、ホシイ。


「はは、頼もしすぎるだろ」


 弱気になっている場合ではない。今はユミルの勝利を信じて行動する。それが最善択だ。


 ジークはユミルの指示通りに行動を開始する。


 アイテムボックスに収納していたありったけの武器を、ジークは躊躇い無く放出する。


 護身用を除いて思い出の武器も愛刀と呼べる程使っていたものまで、本当に何もかもを。


 そしてユミルも一切躊躇なくジークのその悉くを重力魔法で引き寄せ、より苛烈さを増した蠍との死闘を再開する。


 ただ苛烈さを増した死闘がこのまま続けば、魔鉄の再形成が間に合わずユミルの操る武器の方が先に尽きるのは明白だった。


 だったら――


「(ユミルは蠍を斃す。それを成し遂げるための武器を、俺が用意してみせる)」


 そんな意思のもとジークは牽制どころか、完全にこちらを斃しにきている蠍の攻撃を何とか凌ぎながら、己に与えられた神の恩恵を行使する。


「『仮想する(イマジナリー)魔法の武器(エレメントウェポン)』」


 ジークがキーワードを口にすると、周りに数多の魔力の塊が現れる。


「(仮想するは蠍を斃すために必要な、数多の武器だ。そしてそれはユミルが使える、ありふれたシンプルな物で良い。剣、槍、槌。頭の中にありとあらゆる武器を、具現化しろ)」


 魔力の塊はジークの意思と魔力を糧に、どんどん模っていく。


 そして。


「構想完了。持っていけ、ユミル」


 ジークは流れ出る玉の汗を気にする間もなく、魔法によって成った武器を壊される前に全て宙に放つ。


 そしてグッドサイン。それはジークからユミルへ贈る数少ない援護だった。


 宙でピタリと動きを止めた武器は、まるでそのものに意思がある様に次々とユミルの元に向かい、蠍との死闘に費やされていく。


 そうして、どれくらい時間が経ったか、ついにユミル達は蠍との雌雄を決するところまでやってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 戦闘が始まってから実際には三十分も経っていないと言うのに、ジークは誤魔化しが効かない程に疲労し、もはや息を整える事さえ難しくなっていた。


 今すぐにでも地面に倒れこみたい。そんな衝動に駆られるが、目の前の結末がどう転ぶか分からない以上、即座に反応出来る様にジークは臨戦態勢を解く事が出来なかった。


 ジークの視線の先は地面のあちこちが隆起し無数の武器の残骸と、蠍の体液と瘴気の欠片が転がっている。そんな戦闘の余波で変わり果てた広場では、ボロボロの姿となった蠍とユミルがいた。


 最初に戻った様に蠍と対峙するユミルはジークと同じく肩で息をしており、五体満足ではあるものの傷がない場所の方が少なく、腹部や脚部は血で滲んでいる。


 満身創痍。誰が見てもその言葉を思い浮かべるだろう。ただそれは蠍も同じだった。いや、蠍の方が重症だった。


 多脚の半分を失い、重厚な鋏の一つは歪曲して使い物にならず、滴り落ちる体液は地を濡らしていた。特に尾はギリギリ身体に付いているだけの状態で、力無く地面に垂れていた。


 次の行動で勝敗が決する。そんな場面だった。


「「は?」」


 蠍のとった行動にジークとユミルの思考が一致する。


 なんと蠍はユミルとジークから踵を返して、尾を置き去りに遁走を開始したのだ。


「(クソ!ふざけ……しまった)」


 ジークは蠍の予想だにしない行動に狩猟本能の赴くままに駆け出す。駆けだしてしまった。


 そうして駆けだしたジークはユミルが蠍を追うこともせずに防御の姿勢を取っているのが目に入った瞬間、自分が致命的なミスを犯したことを悟る。


 釣られた。


 そうジークが認識するころにはもう遅かった。


 蠍が置き去りにした尾が炸裂する。大量の致死の破片を含んで。

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