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第二十六話 魔物

続きです。


「(あぁ、クソ。どうする)」


 ミサキ達に連絡を入れたジークは現在、焦りを隠せないでいた。


 それは巨大な蠍の魔物、それも道中の蠍よりも一回りも二回りも大きい蠍が、機を狙うようにじっとジークとユミルを睥睨しているのが原因だった。


「(何かないか、何か)」


 隣にいるユミルを気にしながらも、ジークは何時でも動けるような状態で同じようにこちらを向いて佇む一体の蠍の一挙手一投足に注視し、頭の中では現状を打開できる方法を必死に探していた。


 最初の見た目はそれこそ道中で見かけた蠍をただ大きくしただけだった。しかし時間が経つに連れて巨大蠍は瘴気を使い全身に鎧の様な外装を纏いはじめ、徐々に重厚になる鋏と肥大化する尾は現在明らかに普通の魔物とは一線を画す様相をしていた。


 対するユミルとジークも急所を守る防具を身体に装着し、足には丈夫な脛あて。手には同じく籠手を装備してジークは無手、ユミルは片手に和の国ではよく使われている刀を持ち、背後には魔法実演でも見せた大剣を二本浮かべていつ戦闘が始まってもいいように迎撃態勢をとっていた。


「逃げないの?」


 蠍が原型から逸脱し始めてから動揺するジークとは裏腹に、ユミルは冷静に淡々と何度目かになる質問をジークに問いかける。


「ユミルを置いていけるか」

「ジークは関係ないよ?」


 もうこの広場にいるのはジークとユミルの二人だけだ。


 近くにいた人々は国騎士も含めて皆、戦闘の被害が及ばない様に避難している。


 そして現在蠍から標的にされているのはユミルだけで、色々なリスクを天秤にかけて逃げるよりも戦うと選択したのもまたユミルだ。


 態々ここに残って(ユミル)と一緒にいる必要はない。


 そう伝えているのに、ジークの返答は変わってくれない。


「俺は俺の意思で、ここにいる。だからもう気にするな」


 関係ないと言うユミルの言葉は正しいとジークは思う。ジーク自身も戦闘に参加することで、事態が好転するとは微塵も思っていないし、蠍に対して出来る事も少ない。それこそユミルと一緒にいる事は、死地に赴く行為だとジークも自覚している。


 けれどジークはユミルを置いて逃げるという選択肢を選ばない。


 まだ()()まではしていないとは言え、ユミルの額の黒角は既に発達している。


 この状態はユミルは全力を出している証明であり、タガが外れやすくなることを示していた。


 今ジークが恐れているのは自分が死ぬかどうかよりも、ここでユミルが蠍に敗れ喰われてしまう事と、戦闘の末にタガが外れて暴走してしまう事だった。


「(クソ……何も思いつかねえ)」


 結局、ジークはあれこれ考えても現状を打開する妙案を思いつかなかった。


「(だったら信じるしかねぇか……見極めろ。タイミングを見逃すな)」


 打開策を見出す事が出来ない以上、ジークが今出来る事はユミルの勝利を信じた徹底した献身と万が一の最悪を回避する事だけ。


 己の勘頼りな部分は多いがそれがジークの最善だった。


 そしてジークの覚悟が完了しユミルと蠍が一触即発といった雰囲気の中で、突然死角から声が響く。


「助けに来たぞ!」

「助けに来ました!」


 それは第三者の介入を示していた。


「ちっ、余計な事を!」


 突然に介入して来た第三者が視線を向けずとも分かる程に魔力を制御出来てない事に気づき、ジークは思わず悪態を吐く。


 第三者は実力者では無かった。救援に来る心意気は買えるが、これではただの蛮勇であった。


「ジーク」

「――ッ、死ぬなよ」

「うん。ジークも」


 そのまま見殺しにしておきたかったジークだが、ユミルの言葉を汲み取り本当は逸らしたくない視線を蛮勇者へと向ける。


 そしてそのまま端正な顔を歪ませながら、脱兎の如く駆け出す。


「(クソ! 国騎士は何をやっている!!)」


 ユミルが戦う選択をした時点で、ジークは避難の際に余計な介入がない様にと国騎士に頼んでいた。


 何せ相対する魔物はどんなに低く見積もっても四から三等級。しかもこれからの戦闘次第では準二等級、もしくは二等級に相当するかもしれない化け物だ。


 それは最低でも小隊規模の国騎士の討伐隊を編成し、等級の高い討魔者を数十人集めてようやく討伐を行えるレベルの相手であり、生半可な戦力では意味を成さない。


 それこそ下手に介入してきた者が実力者であっても、一人二人では無駄死になるのがジークには容易に想像できた。


「『紅焔球(フレアボール)!!』」

「『大地束縛(イストバインド)』!!」


 介入してきた二人の蛮勇者は付けている徽章からしてイージスアートの学生だった。


 そんな彼等はジークの様子には目もくれずに、こちらを一瞥もしない蠍に対して躊躇いなく魔法を放つ。


 紅焔球と大地束縛。


 二人の魔法はそのどちらも第四等級の放出魔法に分類される魔法だ。


 それは学生という立場から見れば、不相応な強力な魔法だった。


 地を焦がす程の確かな熱量を持った二メートル程の火球が、地面から這い出た杭によって拘束された蠍に直撃する。


「やったか!?」


 学生達はこの魔法で黒点から現れた魔物の悉くを殲滅してきた。故に相手が明らかに普通とは違っているのにも関わらず悠長に足を止めて、轟々と燃える様子を見ていた。


 相手が更に上をいく理不尽だと気付かずに。


「馬鹿が! 逃げろ!!」

「はっ? ぐふ」

「えっ? ごふぉ」

「『範囲重力(サークルグラビティ)』」


 学生の元にたどり着いたジークは勢いを殺す事なく腕を広げ、そのまま流れる様に学生達二人を俵担ぎして尚も走り続ける。


「お、おい! いきなり何を……」

「痛いじゃない!? 何するの……」


 担がれる学生達はいきなりのジークの蛮行を非難するも、その勢いは空気を震わす破砕音によって尻すぼみになって消えた。


 そして目の前で繰り広げられる戦闘を目の当たりにして、二の句が継げなかった。


 数えるのも馬鹿らしい程に浮かぶモノを操る鬼と、全ての動作一つ一つが一撃必殺の力を秘めた蠍の、生存競争が始まった。

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