第二十三話 初めまして
遅くなりました。
天候にも恵まれて良い花見日和となった今日日。ユミル達一行は約束通りに首都から出ている魔導列車に乗り込み、花見の名所と言われているトリアへと向かっていた。
「指定席にしておいて正解だったねー」
「だな。分かってはいたけど、人混みやばいわ」
ユミルとジークの向かいの席に座るミサキとレオンは少し辟易しながら、先程までの人で溢れかえっていた駅の様子を口にする。
「ですね。新入生の歓迎会を行うのにうってつけの場所ですし、私達みたいに物見遊山で行く人達も相まって、凄い混雑してましたね」
「やっぱり皆んな考える事は同じか」
今日はイージスアート学園に限らず、ヴァールテクスに存在する学園の殆どは休みの日だった。そのためミサキ達が言ったように、駅には花見に行こうとする学生達でごった返していた。
「ただ考える事は同じでも、私達は一味違うもんねー」
「ふふふ。私達は世間一般で言う所の、高給取りですもんね」
「今は学生だけどな」
誰に対して自慢しているのか定かでは無いが、混む事を事前に予想し、指定席の中でもグレードの高い個室の様になった場所に座っているミサキ達はある意味で正解だった。
駅の様子から容易に想像出来るが学生達によりミサキ達の乗る魔導列車は富裕層向け以外の席は何処もかしこも満席で、特に後方の所謂自由席などは鮨詰めになっており、混沌としていた。
「それにしても、ジーク君達めっちゃ見られてたねー。流石は噂の黒銀様だ」
「普通に二人共、美男美女だもんな」
「カップル……羨ましい」
「どうしてもお前らは、そこに繋げたいのか……」
未だに片手を繋いでいる状態で対面に座るジークとユミルを見て、にやけ顔をしながらミサキ達は話題の矛先をいつも通りにジーク達に向ける。
もはやこれはお決まりのパターンになっていた。
「毎回違う、って否定するジーク君の方が、往生際が悪いよ?」
「そうですよ。何処からどう見ても、恋人同士にしか見えません」
傍から見たら、という枕言葉を隠して、そのまま会話を続けながら、内心でミサキは銀狼とエミルとの関係を思案する。
実際口では恋人だろうなどと言っていても、マキも含めてただ客観的に見たままを口にしているだけで、別に本心で言っているつもりはなかった。
それがたとえ同じ国から留学し、更には同じ屋根の下で生活しており、二人が手を繋ぐ以外にもスキンシップが多いのを知っていても、二人の間にミサキ達が羨むような特別な関係があるとは今は思えなかった。
「(なんか変な感じなんだよねぇー)」
現在も呆れた視線をミサキ達に向けながら、無意識なのか時折繋がれた片手を弄って構って欲しそうにしているユミルの頭を優しく撫で、いちゃついているとしか思えない行為をしていても、ミサキはどうしても違和感を覚える。
「(表情が変わらないから? 反応が淡白だから? それともーー)」
「じゃあ、二人は結局どんな関係なんだよ?」
今回も色々とミサキが考えている間に、レオンが最後に決まった質問をジークに投げかける。
「(結局、今回も分からず仕舞いかぁー)」
また分からなかったと落胆するミサキだった。
が、今回は違った。
「……どうしても知りたいか?」
何時もなら答えを濁して終わるはずのジークが、どういった心境の変化があったのか自ら話題を続けようとしていたのだ。
「! 教えてくれるの?」
「あぁ。お前らも、面倒だろうからな」
突然のジークの心変わりに驚いたミサキ達だったが、今度は違う意味でドキリとさせられる。
「ーーッ、あははー。何のことかなー?」
「恍けても無駄だ。円卓騎士」
「……」
ひどく曖昧なジークの言葉に、ミサキは咄嗟に惚けるための口を開く。そしてマキやレオンも同じ様に惚けるようとするが、ジークの僅かに瞳孔が開いた金の双眸に見つめられて、結局言葉は何も出てこず、少しの沈黙が流れてからマキが改めて口を開く。
「やはり、気付きますか」
確かに驚きはあったが、それは決してミサキ達の想像を超えるものではなかった。
故にマキの第一声はやはりからだった。
「当然だろう?」
「そうですね……貴方なら遅かれ早かれ、絶対に気付くと思っていました」
「呑気でいられたら、楽なんだがな」
「それは……そうですね」
曖昧な言葉から始まった会話だったはずなのに、何について言っているのか分かってしまうマキ達とジークは、お互いに人生がお気楽なものでは無かったのだと悟る。
それこそ相手が前世の友人であっても信用出来ずに、腹の探り合いをしなくてはいけないぐらいには。
「ちなみに、何処で気付きましたか?」
今までの友人としての気安い態度から一変し、言葉遣いと面持ちまで凛としたマキは、自身を円卓騎士として、また目の前に座っているのがジークでは無く銀狼として応対することにした。
「最初から、いや同郷と分かってから、だな」
実際ミサキ達が前世の友人と知って、ジーク自身も多少認識が甘いところがあった。だが、一度冷静になって考えてみると、ミサキ達には色々と不審な点があった事に気付いた。
そもそも何故円卓騎士が学生をしているのか、だとか。
ユミルを転生者と勘違いしたと言ったが、何故初手が恫喝紛いの行為だったのか、とか。
振り返ってみるとミサキ達の言動には、最初から怪しい点が多過ぎた。
そしてジークが転生者と分かってからのミサキ達の行動は、余りにも露骨だった。
明らかに偶然に出会うにしては頻度がおかしい上に、旧知とは言え好奇心とは思えない程にエミルとの関係性を執拗に探ってくるのだ。
それは不審に思って下さいと、ジークに言っているようなものだった。
「(何もかもが、昔の様にはいかないか……)」
ミサキ達がエミルに取り入ろうとせず、またエミル達の詳しい情報を知らないことから、ジークはミサキ達の円卓騎士としての仕事は、争奪戦では無く銀狼の監視とエミルとの関係についての調査だと推測していた。
「(円卓騎士を三人も付けるとは、贅沢な気がするがな)」
ただジークは推測したところで特に動じる事は無かった。
何せ監視役が今更増えた所で、困るのは自分達では無く監視する人達の方なのだとジークは理解しているために、寧ろ自身の監視役に円卓騎士を派遣する武の国に対して心配をするぐらいの余裕があった。
「さて、何処から話そうか」
「本当に話してくれるの?」
「あぁ。ただ、巻き込まれては貰うがな」
「それはどういう――」
ジークの意味深な台詞に対してレオンは疑問を口するが、その言葉は最後まで紡ぐ事が出来なかった。
しかもそれはレオンだけじゃなくミサキ達もまた同様で、三人は目の前で起こった突然の変化に目を見開き、固まってしまっていた。
「……こ、こ、こんには」
「――ッ」
髪色が突然黒から白に変わり、無表情だった顔をみるみる恥ずかしそうな表情へと変え、声色すら変化してのではと錯覚するほどの可愛らしい挨拶をされても、ミサキ達は目の前の変化に理解が追い付かず言葉に詰まって反応を返す事が出来なかった。
「ジ、ジークぅ」
ただ挨拶を吃るほどに緊張していたエミルがミサキ達の状態を考慮出来るはずもなく、無視されたのだと思い、情け無い声で隣のジークに縋り寄り、何とも言えない空気が漂う。
「ちゃんと挨拶出来たな。偉いぞ、エミル」
「う、うん。でも、エミルにはまだはやかったかも」
「そうか。早かったか」
「うん。だからてったいする」
久しぶりに表に出てきたエミルはそうジークに言うと、今のが全て幻だったかの様に瞬きの間で、ミサキ達の知る何時もの黒髪で無表情のユミルへと変わった。
「(は、え? いや、ん? )」
「(情報では知っていましたが、これは……)」
「(視覚的にも、感覚的にもまるで違う。本当に別人みたいだ)」
奇術でも見せられた様な気分になったミサキ達だったが、今起きた変化と先程のジークの言葉がどの様に繋がっているのかを考え、一つの答えに行き着く。
「(巻き込まれて貰うって、まさか――)」
「お前達は、法の国に来てから初めてエミルが対面した者達だ。この意味が何なのか、言わなくても分かるよな?」
ジークが言葉を言い終えてから少しの間が経つと、ミサキ達は今までの会話を有耶無耶にするために全力で話題を逸らそうとするのだった。