第二十二話 誘い
遅くなりました。続きです。
入学式と交流会も終わり新入生が本格的に加わったイージスアート学園は、今日も生徒達が賑わいを見せていた。
「君達新入生だよね? これ興味ないかな?」
「第一修練場で新歓やってまーす」
「魔物、魔物に興味ある新入生はいませんか?」
賑わいの主となっているのは在校生達による新入生達に向けた自身の所属する同好会への勧誘の声であり、それは一週間か経過した今でも減るどころか、逆に増え続けていた。
「今日もやってるな」
「ね」
学園内でもいつも通りに手をつないで歩くユミルとジークは、早々に見飽きてしまった光景を口にする。
「ナイトランドもそうだが、デーモンクエストの校章を付けた人も増えたな」
「そう」
「興味、無さそうだな」
「うん」
「友達作りが捗るぞ?」
「今で十分。ジークも興味無いでしょ?」
「まぁな」
ジークに勧められるユミルだが、エミルが大勢の友達を求めている訳ではないので同好会に入る気は更々無かった。
それに話題に出したジークも、ただ偶々目についたから話題に出してみただけのものだったので、特にユミルに何か言うつもりは無かった。
それが分かっているユミルは、絡まれないうちに早く行こうとジークと繋いでいる手を軽く引いて先を促す。
「面倒だが、少し迂回して行くか」
催促するユミルに従うジークだが、このまま行くと明らかに絡まれると思い、時間にも追われていないので迂回して目的地の食堂へと向かう事にした。
「ユミルは何の授業を受けるか、もう決めたか?」
「ん。生物学は興味ある、かも」
「生物学か。俺は魔工学だな」
「魔工学……それも良いかも」
「一緒にガイダンスでも受けるか?」
「うん」
歩きながら二人が話すのは、新入生達の目下の課題である受講する科目についてだった。
「科目が多いのも面倒だな」
「わかる」
入学時に受け取った分厚い冊子を思い出して、二人は嘆息をつく。
イージスアート学園では、数ある科目の中から自分達が学びたいものを自由に選ぶことが出来るのだが、科目数が多すぎてジークとユミルは難儀していた。
中でも感情が読み取りづらいユミルが、他人が見ても分かるぐらいに面倒くさがっていた。
『基礎科目に共通科目、それと専門科目。エミルは何が良い?』
『エ、エミルわかんない』
『だよね』
ユミルに意見を聞かれるエミルだったが、そもそもエミルがここに来た理由は姉のユミルを自慢するためなので、学園での講義がどうとか聞かれても、返す言葉が見つからなかった。
完全にユミルに丸投げだった。
「面倒くさい」
「気持ちは分かるが、諦めろ」
「うー」
ジークに諦めろと言われても、ユミルは素直に頷く事が出来なかった。
「珍しく、いやいやだな」
「だってどれが役に立つか、分からない」
エミルが興味を持てなく、また直接関係の無さそうなものはユミルにとって殆ど無価値と同然であり、この科目の選びはユミルからしたら大量の似たような廃材の中から使えそうなものを探す作業と同じだった。
「そうだな」
「もう、後はジークと全部同じでいい?」
「いずれそう言ってくると思ってはいたが、それで良いのか?」
「良い」
「即答だな……まぁ、仕方がないか」
ユミルの横着に対して口では仕方ないと言うジークだが、そもそも最初からユミルの気持ちがマイナスになる前に、ジークの方から助け舟として提案するつもりだった。
「……」
「……」
会話に一区切りがつき、無言で歩く二人。
しかし学園内を歩く二人には静寂は訪れない。
端末を片手に友人等と楽しそうに話す学生。キョロキョロと辺りを物珍しそうに見渡す新入生。そして次の授業に向かっている在校生と思しき人達の出す音が、聞こえてくる。
「学生か……」
ふとユミルから視線を外し、学園内を眺めるジークは、自身がかつて思い描いていた学生になったのだと改めて実感する。
「やっとジーク君達見つけたぁー。もう、中々食堂に来ないから探しちゃったじゃん」
感傷に浸りかけていたジークに、突然声をかけて来たのは一人でいるミサキだった。
「……」
「よし、イインチョウとレオン君にも見つかったって連絡しよー」
「ちょっと待て」
「ん? 何、ジーク君?」
「いいからちょっと待て」
何故ここにという当然の疑問を持ったジークに、ミサキはさも待ち合わせをしていたかのように声をかけてくるので、ジークはひとまずユミルに確認をする。
「ミサキと待ち合わせしてたのか?」
「してない。ジークじゃないの?」
「いや、俺もしていないが」
ユミルとの情報共有が出来ていなかった訳ではないと分かって、ジークは怪訝そうな顔をしながらミサキを見やる。
「ちょっと、そんな目で見ないでよ」
「自分の言動が如何に不自然か、分かってないのか?」
「だって、端末に連絡してもジーク君、全然返してくれないじゃん? だから直接お話しするしかないかなって」
「お前等の些事に、一々反応していられるか。それより聞きたいのは、何故俺達が食堂に行く事を知っていたかだ」
「え、知らない? ジーク君達、学内じゃ割と有名人だからね。黒銀の双星って、噂になってるよ?」
「噂?」
それの何が関係しているのかと更に怪訝な顔をしたジークに、ミサキは分かりやすく噂の内容を説明した。
曰く、イージスアート学園の新入生の中に、魔法実演で類い稀なる魔法の使い手である事を証明した二人の美男美女がいるらしい。
そして実際に魔法実演を見ていた多くの在校生達が新学期が始まって直ぐに関わりを持とうとした所、その内の一人が学内で男女の仲であることを周囲に見せつけているかの様に、常に学内を共に行動している二人を発見。
そしていざ声を掛けようとした在校生だったが、二人の醸し出す雰囲気に気後れして断念する。
そこから誰か代わりに頼むとばかりに情報が拡散される。
しかし情報に食いついた人達も、多くの者が同じ結末を辿り、突貫した少ない勇者達も、碌な成果を上げる事が出来なかった。
そこで在校生達は二人が共に行動している時は大人しく様子を眺めることにして、話しかけるチャンスを見逃さないための情報網を構築した。
「黒銀の双星は、所謂個人名を無闇に拡散しない為の二つ名ってわけ」
「……マジか」
「本当、面白い事になってるよねー」
しかもその情報網は思った以上に学生達に広まり、ただ二人の様子を見守りたいだけの人や、その情報網を使って二人以外の人と繋がろうとする人が現れ、混沌としているらしいと、ナイトランドの学生であるミサキから聞いたジークは、もはや笑うしかなかった。
「って、そんな話しはどうでもよくて。私達と一緒にお花見に行かない?」
「いや、俺達からしたらどうでもは良くないが……花見?」
「そうそう、お花見。首都から魔導列車で一時間ぐらいの場所に、有名な所があるらしいんだよね」
「そうなのか」
「あれ、あんまり乗り気じゃない感じ? 屋台とか出店がいっぱいで、楽しそうなんだけど?」
お祭り事は好きだったよねと、ミサキは口には出さないで首を傾げる事でジークに確認するが、隣にいるユミルを気にしてるジークを見てミサキはすぐに察した。
「あー、エミルちゃんはお花見に興味はある?」
「花には興味が無い」
「そっかぁ……ん、花には?」
ダメ元でユミルに確認してみたミサキは、ユミルの案の定な返事に最初は落胆しかけるが、含みのある言い方だったことに気付く。
「うん」
「って、事は屋台と出店には、興味がある感じ?」
「うん」
「私達と一緒に、出店回っちゃう?」
「いいよ」
「だってよ! ジーク君」
てっきりユミルが苦手だからジークの反応が微妙だったのかと勘違いしていたミサキは、ユミルの思っても見ない好感触に嬉しくなって、食い気味にジークに確認をとる。
「……行くか。花見」
「よっし! オッケー取れたって、二人に連絡しちゃうね!」
最初の言葉が小さくて聞こえなかったミサキだったが、とりあえずジークの了承を得ることが出来たので、いそいそとレオン達と連絡を取り始める。
『ねぇ、お姉ちゃん。えんげるけいすう、ってなに?』
『さあ? それより、何食べたい?』
『んー、とね。エミルは――』
面倒事が無くなったユミルはジークの呟いたよく分からない言葉を無視して、エミルと食べ物の話で盛り上がる。
苦渋の決断かと思えるぐらいに、低く絞り出したジークの嘆きが救われる事はなかった。




