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第十七話 顔合わせ

復活。お待たせしました。

 魔法実演が終わると次にユミル達を待っていたのはイージスアート学園の学園長との顔合わせだった。


 ジークもユミルも学園長との顔合わせはこれが初めてとあって、魔法実演とはまた違った神経を尖らせて臨むつもりでいたのだが、蓋を開けてみると拍子抜けする程に学園長はただただ魔法が大好きな好々爺だった。


 何せ顔合わせで互いの自己紹介が終わると開口一番に先程のユミル達の魔法実演の感想を興奮気味に口にしたかと思えば、それを皮切りに事前に提出していた魔法論文の講評に始まり、入学してからどの魔法講義が良いなど、結局秘書が止めにはいるまで永遠と魔法について語っていたのだから。


 この時のユミルはきっとこういうのが情熱と言うものなのだろうと、学園長の質問に淡々と答えながら思い、ジークは愛想良く相槌を打ちながら、この人はもしかしたら争奪戦にあまり関心が無いのかもしれないと、心の中で考えていた。


 そうして内心はともかく恙無く顔合わせを終えた二人は学長室を後にし、本日最後の用事を済ますために学園内を移動していた。


「後は君の担当医との顔合わせですね」

「はい」

「君の担当医は少し変わっていますが、腕と人格は確かな人です。彼女は私とバルドと同じ様に、ハザックとは旧知の仲であったそうで、君()の事も彼から良く聞いて知ってるそうですよ」

「そう、ですか」

「ええ、ですから要らぬ心配をしなくても大丈夫かと思います。けれど相性と言うものがあるのもまた事実。何かあれば直ぐに私か、ジーク君に知らせてください。何とかしますので」

「分かった」


 学園内にある健康管理室に向かう道中、ユミルへ色々と声をかけてくれるのは案内役であるバルザークと言う壮年の男性だ。


 彼は彼の口から言ったようにバルドとは旧知の仲で、エミル達もバルドから彼の話は聞いていた。そうして彼が法の国に滞在するまでの間、二人の保護者の代わりになってくれる人物である事も。


「やはり見られていますね……君は確か視られるのに抵抗があると言っていましたが、大丈夫ですか?」


 後ろに束ねた鳶色の髪を揺らし、ヘーゼルの瞳でユミルを憂わしげに見つめて言うバルザークの言葉に、ユミルは既視感を覚える。


『なんかパパみたい』

『だね』


 この既視感に直ぐに思い当たったエミルに、ユミルは確かにと納得した。


 ユミル達にバルザークの姿形は見えていない。ましてや体格や声質が似ている訳でも無い。けれど向けられる視線やこちらを気遣う声色が、自然とバルド(ぱぱ)を彷彿とさせる程に違和感が無いのだ。


 バルザークとは今日が初対面だと言うのに、このなんだか暖かくすぐったい様な何とも形容し難い気持ちにさせられるのが、不思議と嫌だとは思わなかった。


「大丈夫」

「そうですか……ならばこのまま向かいますね」

「はい」


 バルザークの考えているだろう視線云々は、既にジークの力説のおかげでユミルの中で殆ど解決している。なのでユミルはその心配は無用だと告げたがったが、それを説明する前にユミル達は担当医の待つ健康管理室に到着してしまった。


「やあやあ諸君、私はメリダ。エミル君の担当医だよ。気軽にメリダさんと呼んでくれたまえ」

「こんにちはメリダさん。俺はーー」

「君の事はハザックから良く聞いていたが、うんうん、聞いていた通り実に可愛らしい」

「あのーー」

「よし、このメリダさんが早速エミル君の健康状態を診るからね。私について来てくたまえ。あ、お二人はあちらで待っていてくださいね」

「あ……」


 受け付けで待ち構えていたユミルは今まで出会ったことの無い性格をした女性はメリダと名乗り、ジークの言葉を満足に言わせぬまま、横で口を開閉し何かを言おうとしていたユミルを正面から掻っ攫うようにして抱き抱えて、そのまま診察室へと連れて行ってしまう。


「変ですね……彼女はちゃんと礼儀をわきまえている方なのですが」

「あぁー、メリダさんがそうなった理由は大体想像出来るので、俺は問題ありません。寧ろ好意印象です」

「そうですか? なら良いのですが……理由を聞かせて貰っても?」

「良いですよ」


 取り残された二人は設置されていた椅子に腰掛け、ユミルが戻って来るまでの間、色々と会話に花を咲かせるのであった。


 ◇


 ユミルを抱えてメリダがやって来たのは健康管理室の中でも、とりわけ特別な診察室だった。部屋には机と椅子、そして診察用のベッドが一つあり、付近には普段の診察には使われない魔道具が並べられていた。


「よいしょっと。あ、エミル君はそこで楽にしててね。メリダさんはちょーっと準備をするから」


 部屋に着くと赤子を扱うような優しい手付きでユミルを診察台に下ろすと、メリダはすぐさま用意していた魔道具の準備を始める。


 そうしてユミルはと言うと、その忙しないメリダの様子を無言でじっくりと観察していた。


 輪郭から分かる胸元の膨らみと声からメリダが女性であること。そして耳の輪郭が普通種よりも横に大きく先端が少し垂れていることから、メリダの種族は長命人(エルフ)だとユミルは推測した。


 ただてっきりハザックと旧知の仲と聞いていたから、同じ普通種だろうと勝手に思い込んでいたユミルには少し意外に思えた。


 これがバルザークさんの言っていた変わっていると言う事だろうか。ハザックとメリダはどんな経緯で知り合ったのだろうと、そんな事を思いながらユミルは観察を続ける。


 今のところメリダからは悪感情を感じられない。感じとれるのは僅かな焦りとこちらの心配、それだけだった。


「よし、準備完了! それじゃ今からエミル君の診察を始めるからね。だからまずはその可愛いらしい服を脱いで貰えるかな?」


 ユミルが観察している間に魔道具の準備を終えたメリダは、ユミルの正面にくると友好を深める言葉もなく診察を始めようとした。


「分かった」


 明確に焦りの方がまさっているメリダにユミルは疑問に思いながらも素直に了承し、言う通りに服を脱ごうとする。


 が、その直前で身体が硬直した。


(やっぱり(エミル)は反応するか)


『大丈夫だから私に任せて』

『でも、お姉ちゃん……』

『大丈夫。エミルに何か変な事しようとしたら、私がやっつけるから』


 医者の中で唯一エミルが信頼し己の身体を任せられたのは、今まででハザックだけだった。だから新たな担当医のメリダがハザックと如何に旧知の仲だったとしても、(エミル)はそう簡単に受け入れられないだろうなと、ユミルは最初から予想していた。


 ましてハザックからは何故か事前にメリダの情報を教えて貰っていないので、こうなるのは目に見えていた。


 そしてそうした上でユミルは拒絶するエミルを説得する方向で行くつもりだった。


 本音を言うなら、エミルの言うことならどんな事でも聞いてあげたい。だが、ここでエミルの意見を聞いた所で、問題が解決しないどころか寧ろ悪化する事をユミルは分かっていた。

 

『私に任せて』

『そう、じゃなくて……』

『……ん?』


 エミルを説得するユミルだが、エミルの様子が少しおかしい事に気づく。


(エミルが今考えているのは私の心配?)


『なんで私の心配?』

『だって……エミルのせいでお姉ちゃんがジークに怒られた。だからきっとこの人もお姉ちゃんを怒ると思うの』

『あぁー、そっちの心配ね』

『エミルのせいなのに……』


 エミルの言う通りユミルは魔法実演が終わるとすぐにジークから有難い小言を頂いていた。それはストレス発散も兼ねた争奪戦への牽制のはずだった魔法実演で最後に魅せた魔法『妖精の歩み(フェアリーステップ)』が理由だった。


『あれは私が勝手にやった事。だから私が怒られるのは仕方がない』

『でも……』


 ユミルはあくまでも自分が勝手にやった事と言うが、その根底に自分の願いがあるのをエミルは分かっていた。


『エミルは気にしすぎ』

『う〜。だってぇ』


 お姉ちゃんを自慢したい。そんな自分の幼稚な願いを真摯に叶えようとしたお姉ちゃんがエミルは大好きだ。


 だから自分の願いが原因で知らない人にまで怒られるかもと思うと、エミルはなんだかもやもやした気持ちになる。


『私を一番知っているのは誰?』

『……エミル』

『なら私の事も分かるでしょ?』

『うん』


 ユミルから伝わってくるのはエミルの心配。それは新しい担当医に馴染めるかどうかの心配で、エミルのせいで怒られるなどの不満は一切感じられない。


 時間が経つに連れて外の世界がちょっぴり怖くなって、(ユミル)に言い訳して代わって貰っているくせに、代わりに怒られるなんて言い出す事も出来ない(エミル)に、何一つ不満なんか抱いていない。


『それにね、今回のような事で怒られると言うのは、良い事なんだよ?』

『そうなの?』

『うん。だって怒るって事は、私達の事を考えていてくれる証明だもん』

『そうなんだ……』


 ユミルの気持ちとその言葉で、言い表すことの出来なかったもやもやしていた気持ちが晴れていくのをエミルは感じる。


『じゃあ、お姉ちゃんに任せて貰える?』

『うん』


「……待たせた。もう大丈夫」


 エミルを違う意味だが納得させる事に成功したユミルは、何も言わずにずっと待っていてくれたメリダに声をかけてからそっと手袋から外す。


「メリダさんの手伝いは必要かな?」

「ん、要らない。一人で出来る」

「そうか」


 エミルとの説得の最中にメリダにも心境の変化があったのか、いつの間にかあったはずの焦りが消え純粋な心配だけでこちらを気にかけていた。


 だがそんなメリダの補助を軽く断り、ユミルはどんどん着ている服を脱いでいく。そうして残りは後下着だけになったところでメリダからストップがかかり、そのままメリダに指示されるままに診察台の上で仰向けで横になる。


 そうして自身の身体の要所要所にメリダがペタペタと魔道具に線で繋がれているパッド貼り付ける感触を味わいながら待つこと数分、メリダの纏う魔力から診察が始まるのが分かった。


「じゃ、診察を始めるからね。何か違和感があれば直ぐに言ってくれたまえ」

「了解」

「では、『解析(アナライズ)』」


 解析の魔法を使っての診察はハザックと何ら変わりはない。それこそ腹部に置かれているメリダの手から伝わる手の温度しか感じ取れないところまで一緒だった。


 そしてその身体の隅々まで調べられているのに違和感を感じさせない繊細な魔法は、メリダがハザックの友人だけでなく医者としても一流である証明であった。


「上腕骨と脛骨……内臓は……」


 額の汗を気にせずユミルの身体を隅々まで調べるメリダは、ハザックから引き継いだ膨大な情報を元に過去のユミルの身体状態と現在の状態を照らし合わせながら、妖精の歩みによって生じた負傷が無いかを徹底的に探っていた。


(新たな傷は無い……と言う事はあの魔法は完璧に制御されていたのね)


 傷がない事を充分に時間を使って確認し終えたメリダはユミルから一旦手を離し、額にかいていた汗を拭ってから安堵と感嘆の息をつく。


 そうして息をついたメリダは机の上に置いてあった書類を手に取り、魔道具に示された数値を新たに記入しながら今度はこれからなんと言ってユミル達と友好的になれるかと頭を悩ませていた。


 本当なら事前に考えていたユミルちゃんの好きな物の話題で仲良くなろう作戦できっかけを作り、そこから最終的にエミルちゃんとも面識ぐらいは得ようとメリダは画策していた。


 けれど結果は友好を深めるどころか、担当医とハザックと旧知の仲と言う優位が無駄になる程度には警戒されてしまっている始末。しかもそれが自業自得なのだから尚更メリダは何も文句を言えない。


「これで診察は終わりだよ。もう服を着て大丈夫だからね」

「了解」


(あぁ、折角口調まで変えて少しでも印象に残るようにとしたのが余計な仇となったぁ)


 もしかしたら担当医すら外されるかもしれないと色々な後悔が押し寄せるメリダだが、そんな内心をおくびにもださないように診察の終了を告げ、結局ユミルには医者としての助言、もとい注意をする事しか出来なかった。


「今日はありがとうございました」

「いえ、これが仕事ですので。これからはジーク君も遠慮なく利用してくださいね」

「はい。そうします」

「エミル君も()()ね」

「うん」


 最後にこれからもお世話になりますとの意味を込めて握手を交わしたユミル達は健康管理室を後にし、学園での用事を全て終わらせたので家に帰る事にした。


「やっていけそうか?」


 寄り道もせずに真っ直ぐに家に帰って来たユミル達は少し遅め昼食を家で一緒に摂り、そのまま各々がリビングで寛いでいると、テーブルに置かれたユミルの湯飲みに茶を注いでくれたジークがふと聞いてくる。


「ん。多分」

「エミルは?」

「まだ無理」

「そうか……まぁ、そうだよな」

「暫くは様子見」

「そうだな」


 そこで会話は切れてリビングに沈黙が訪れる。しかしそれに気まずさは生まれない。


 きっとこれが共同生活初日の普通の男女なら違ったかも知れないが、ユミルが淡白な反応をする時は大体エミルとの対話中なのを勿論ジークは知っているし、ユミルもジークの心配性は今に始まった事では無いのを知っている。


 特にジークに至ってはユミルと付き合いは数年程度の仲ではあるけれど、過ごした密度の中でユミルへの理解力はバルドのお墨付きだ。


 チリンチリン……ゴンゴンゴン。


「……まだ終わって無かったの?」

「いや。今日は来客の予定は無いはずだが……」


 二人の沈黙を破ったのは来客を知らせる玄関のブザー音とドアノッカーを叩く音。それは二人にとって予期せぬものであった。


「とりあえず俺が出るから、ユミルは部屋に戻れ」

「了解。任せた」


 たったったと俊敏な動きで二階に上がったユミルがパタンと部屋の扉を閉める音を確認してから、ジークは玄関へと向かう。


 訪問者の目的が何にせよこの初日のタイミングで、しかも学園では無く家を特定しやって来た者が一般人では無いことをジークは容易に推測する事が出来る。


 争奪戦の参加者か、有力者か。それとも、とドアアイを覗いてジークは小さな変な唸り声を出す。何故なら予想外中でも一番最悪な、ジークが会いたくない赤髪の女性が玄関に立っていたのだから。


「いるなら早く開けて頂戴よ。ジーク?」


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