第十六話 魔法実演
遅くなりました。続きです。
イージスアート学園第一修練場。そこは平日祝日を問わず暇な学生達が朝昼晩と集まり、魔法の腕を競い合い、新たな魔法の実証実験し、誰かと交流をする場所だ。
その為、今日も修練場には多くの学生が朝から足を運び普段通りの賑わいを見せていた。だが、それは午前までしか続かなかった。
何故なら午後から第一修練場の使用禁止との連絡が来たからだ。
学生達は困惑していた。普段ならこの手の連絡は事前に周知されるようになっているし、そもそも使用禁止の理由が整備点検などでは無く、新入生二人の魔法実演ために使用禁止とかいう今までに一度も無かった理由に、学生達は意味が分からないと首を傾げるばかりだった。
態々二人だけ為に約三万人程度が収容出来る第一修練場を貸切る必要があるのか。二人、それも入学前の新入生なら、第二修練場やそれこそ人混みの少ない広場で結界を張れば事足りるのではないか。それともまさか件の新入生二人が新たな魔法大全に名を連ねるような傑物なのか。
連絡を受けてから時間が経つに連れて、そんな様々な疑問と好奇心が学生達の中で生まれていた。
興味をそそられる話題が提供され学生達が勝手に盛り上がりを見せ始めた頃、丁度良くもう一つ新たな連絡が端末に届く。
興味がある者は見学可能。
その文字を見た様々な憶測を語り合っていた学生達は目を丸くした後、これなら午後から手持ち無沙汰にならなくて済むと互いに顔合わせ、同じ様に午後から暇を持て余すだろう学生達に手に持つ端末機器で連絡するのだった。
◇
「これよりエミル・シュバルツァー、並びにジーク・ブレードの魔法実演を開始させていたします。エミル・シュバルツァーは重力魔法を、ジーク・ブレードはユニーク魔法を使用し、その実力を遺憾無く発揮して下さい」
進行役の声が響き渡り、第一修練場にいる全ての人の視線が自然と中心に佇む二人の男女に惹きつけられる。
第一修練場の二階観客席には悠に五千を超えた学生達が集まっていた。
それは本来第一修練場を使う予定だった学生達よりも遥かに多く、情報が拡散した結果だった。
「重力魔法とユニーク魔法ね……」
「どちらも扱いの難しい魔法だな」
重力魔法とユニーク魔法。今しがた進行役が告げた二つの魔法実演がこれから行われると知った学生達は、内心で期待をよせる。
方や放出と蓄積とどちらも扱いが非常に難しい重力魔法。方や完全模倣不可能と言われるユニーク魔法。
ユニーク魔法は言うに及ばず、個人の保有魔力量によっては使用すら出来ない重力魔法の使い手など、このイージスアート学園でも滅多にお目にかかれるものでは無く、観客席に座る学生達は見逃さないと二人の一挙手一投足を食い入る様に見つめていた。
「それでは始めて下さい」
進行役が開始の合図を告げると、黒髪の少女、エミルは徐に手に持った杖の先でコンコンと地面を叩く。
するとエミルの前方の平だった地面が突然隆起し、身の丈以上の大きさの柱が複数現れる。
「あれは大地の杭か。的にでもするのか?」
「綺麗な形。魔法に斑がないわ」
エミルの淀みのない綺麗な魔法の発動を目にした学生達の期待が更に高まる中で、最初に魔法実演を始めたのは銀髪の男、ジークからだった。
魔法名を呼び、的に肉薄したジークの手に握られたのは炎の剣。その確かな熱量を持った武器を的に向かって横に薙ぐように振りぬくと、じゅっと切られた部分が赤熱しながら的は横に綺麗に両断され、ジークはその様子に一瞥をくべると今度はそのまま、両断された的が崩れ落ちる前に上段に構え直した氷の剣を袈裟斬りの様に斜めに振り下ろす。
そうして最後にジークは横と斜めに斬られ崩れていく的を、何時の間にか両手に握ったバチバチと放電している雷の戦鎚で粉々に粉砕した。
「なんだよあれ……」
始まったジークの魔法実演を見ていた多くの学生達は、つい溢してしまった誰かの呟きに激しく共感する。
それ程までに今しがた見たジークのユニーク魔法は学生達にとって異質なものに見えた。
「形態変形に属性変化。瞬く毎に変化する魔法、仮想する魔法の武器か」
「これは完全模倣不可能と呼ばれるだけあるわ。意味が分からん」
今もなお変形し続けるユニーク魔法を身体強化をつかいながら巧みに扱うジークの魔法実演に、学生達は口々に感想を言いながらも目を爛々とさせながらその動きを追っていた。
やっている事は魔法で的を破壊する行為なのに、イージスアートの学生達には洗練された演舞のように見え、一種の芸術を見ている気持ちにさせていた。
パチパチパチパチ。
程なくしてジークの魔法実演が終わると、学生達は自然と拍手を送っていた。
「凄かったな」
「だな。あれでまだ新入生なのだから驚きだ」
「次は女の子の重力魔法か……」
そうしてジークの魔法実演が終わると次に始まるエミルの重力魔法の実演に注目が集まる。
が、学生達の中に少しの疑問が残る。
確かにジークの魔法実演は見応えはあったし見識を深めるものではあったが、第一修練場を貸し切る程だったのかと。
消費魔力量が多いが故に使い手が少ない重力魔法には派手さなどは期待出来ない。いくら使い手だったとしても小さい物を宙に浮かべたり、先程の大地の杭のように物を変形させたりなってしまうだろうと、学生達は知ってる知識と経験から勝手に推測してそう疑問に思っていた。
だがそんな考えはエミルの魔法実演が始まった途端、容易に吹き飛んだ。
「やっば……」
二階の観客席に余裕で届く音と振動に学生達は戦慄し、その多くは目の前の衝撃的な光景を唖然として見ていた。
ドゴォン、ドゴォン、ドゴォン。
その場から一歩も動かずに、人が手に持って扱う事を否定した様な巨大な大剣をニ本も宙に浮かべ操り、断続的に破砕音を響かせているのはエミルの重力魔法だった。
今エミルがやっているのはセルフモグラ叩き。
自身で作り上げた的を出来たそばから、宙に浮かべた大剣を操り砕く。それを恐ろしい速さで繰り返していた。
「化け物かよ……」
「魔力保持量どうなってんだよ……」
少しの疲労も感じさせないままその場で指だけを指揮棒のように振るうエミルを学生達が戦々恐々と見つめる中、エミルに向かってジークはいつの間にかアイテムボックスから取り出していたゴム玉を投擲する。
「えっ、一体なに……を」
「ちょ、あぶなっ……い」
身体強化を使って投げたであろう速度で飛来する物体を二階から捉えた学生達は突然事で声を上げるが、その声は全て
尻窄みとなって消えた。
何故ならゴム玉がエミルに当たる手前でピタリと動きを止めたからだ。
「マジか……」
それから続いたエミルの魔法実演は、見学に来た学生達の知り得た重力魔法と言う魔法の常識を完全に破壊した。
と言うか全ての魔法の常識すら壊しかけていた。
エミルのアイテムボックスから取り出された物はその大きさに関係無く悉く自らの意思を持ったかの様に動き回り、ジークの投擲物を当たる前に全て受け止め、最終的に自身の重ささえも重力魔法で操り、第一修練場に大量に浮遊した物を足場にしてふわふわと流浪する姿に、もはや学生達は声を出す事すら出来ずにそれを魂が抜けたように眺めていただけだった。
「これにて両人の魔法実演を終了致します」
その進行役の声で学生達は我に返った。
「やば過ぎだろ、あの二人。特に女の子の方」
「保有魔力量どうなってるんだよ。あんなの俺が十人居ても最初のモグラ叩きで気絶してるわ」
「そんな事より、最後のあれ妖精の歩みの話しをしようよ」
我に返った学生達は件の二人が第一修練場を後にしても、暫くの間興奮が収まらずにあれが凄かったなどと語彙が乏しくなるまで口々に語り合っていた。
だが件の二人を見て違う事を思考していた学生達も少なからずいた。それはエミル達を知る者達、言わば争奪戦に関わっている者達だ。彼等には今しがた行われた魔法実演がただのお披露目だとは到底思えなかった。
彼等には強引に手を出せばこうなるぞと、本人から忠告されているかの様な背筋の凍る魔法実演だった。
そうして本国から黒髪の時は要注意。くれぐれも不用意に近づくべからずの意味を、彼等は本当の意味で理解した。
あれは確かに化け物の類だと。
我先にと行動を起こそうしていた参加者の多くは、ユミルを恐れてエミルに替わるまで二の足を踏む事になった。
だがそれの判断は奇しくも参加者達に明確な差を生む事になる。
「ファルス、挨拶に向かいますわ」
「はっ、仰せのままに」
ネット小説大賞九、一次選考通過しました。