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第十五話 イージスアート学園

大変遅くなりました。続きです。

「おいーー。ーー」

「ん」


 トントントンと扉を叩く音と聞き慣れた声が、ユミルの鼓膜を震わせ意識を覚醒させる。


「起きろ、ユミル。朝だぞ」

「ん、ふぁ」

「……起きたか?」

「……あい」

「本当か? 俺は下で飯作っておくから、着替えたら降りてこいよ?」


 扉を少し開けユミルが目覚めた事を確認したジークは、階段を降りて下のキッチンで朝ご飯の準備をしに行く。


『おはよう、エミル……はまだ寝てるか』


 ジークの気配が遠ざかってから少しするとユミルはベッドから起き上がり、寝惚け眼でエミルの確認するがエミルの意識はまだ目覚めていないようだった。


(まぁ、いっか)


 朝ご飯の時ぐらいには起きてるだろうと、ユミルはそのままゆったりとした動作でベッドの上で服を脱いでいく。


 そうして脱いだ服をベッドの上に放ったまま、下着姿でクローゼットに覚束ない足取りで向かうと、昨日適当に仕舞っておいた服をこれまた適当に掴んで着ていく。


 当然そんな選び方をすればちぐはぐな姿になってしまうはずなのだが、クローゼットの中にある服はどれもユミルが港で着た時と全く同じものなので、そんな事にはならなかった。


 これは目の見えないユミル達が一人でも着替えが出来るようにと、カナン達が配慮した結果であった。


(胴体。腰。脚。手。頭は……まだいいか)


 手足を動かす事によってエミルの意識が浮上し始めたのか、徐々に眠気が取れていく頭でしっかりと諸々の身支度を済ませたユミルは、しっかりとした足取りで自室の扉を開けて、下のリビングへと降りていく。


 ユミルとジークは現在、ヴァールテクスの一等地にある二階建ての一軒家に居を構えていた。


「おはよう、ユミル。朝ご飯は後少しかかるから、座って茶でも飲んでてくれ」

「うい」


 下に降りたユミルはキッチンにいたジークに言われるがままに、リビングにデンと置かれていた明らかに二人用では無いテーブルの椅子にちょんと座り、ジークが茶を淹れてくれたであろう急須に手を伸ばす。


 そしてこぽこぽこぽとアイテムボックスから取り出した自分の湯飲みに茶を注ぐと、やっと感じ始めた五感で匂いと味を確かめながら朝ごはんが出来るまでちびちび飲んで寛ぎ始める。


 きっと今の光景をエミル達を知る第三者が見たら、ツッコミを入れたくなるだろう。お前らは何処ぞの夫婦かよ、と。


 そう思われても仕方ない程に、同棲生活初日はジークもユミルにもぎこちなさが無い。


「ほら。出来たぞ」

「ありがとう」

「「いただきます」」


 いい匂いのする朝ご飯を用意してくれたジークに感謝しつつ、ユミルは確かな手付きで用意された朝ご飯を食べる。


 うん、ちゃんと味がする。


 一汁三菜。ご飯を主食とする和の国の基本的な献立だ。今日は味噌汁に焼き魚に卵焼きと漬物。和の国で食べていた朝ご飯と何ら変わりのないメニューで、ユミルは安心した。


「今日も調子は良いみたいだな」


 ジークはユミルの淀みのない動きを見て声を漏らす。


「うん。問題ない」

「エミルは起きたか?」

『おはよう~、お姉ちゃん』

「今起きたみたい」

「よし。それじゃ今日は予定通りにって、伝えておくわ」

「りょ」


 食事をしながらユミル達の様子を確認したジークは、食事が終わると特別に支給された魔道具を使って学園に連絡をつける。


「はい。はい、了解しました」

「なんて?」

「迎えの車が来るまで、家で待機だと」

「分かった」


 今日はこれからイージスアート学園で、顔合わせと魔法のお披露目会をする予定となっていた。


「入学までまだ二週間あるのに、気が早い」

「まぁ、相手は俺達の事を首を長くして待っていたみたいだからな」


 ユミル達が入学を待たずにして学園から呼び出されたのには、ジークとユミルが学園へ提出した論文が起因していた。


 どうやら事前に学園へ提出した自身の得意魔法についての論文が学園側の人達の琴線に触れたようで、入学前に一度観て確かめたいと連絡があったのだ。


「とりあえず、支度するか」

「うい」



 ◇



「おはようございます。私は今回お二人の学園までのご案内を務めることになりました、エリーザ・エルマン少尉であります。短い間ですが、よろしくお願いします」


 連絡をしてから一時間も経たないうちにお迎えがやって来た。敬礼してからハキハキと話す、襟に国騎士の徽章を付けたエリーザと名乗る女性が今回の案内役のようだ。


 案内役に何故国騎士が? などとはジークもユミルも野暮な質問はしない。理由なんて分かりきっているのだから。


「おはようございます。よろしくお願いします」

「よろしく、お願いします」

「はい。では早速ですが移動しましょう」


 軽い挨拶を交わすとエリーザ少尉に勧められるまま、ジーク達は玄関前に停車していた魔導車に乗車する。


『ぜんぜん違う乗り物みたい! これならお尻も痛くならないかも?』


 乗車し座席や車内の感触をユミルが確かめていると、中のエミルが反応を示す。


 エミルの言う通りユミル達が乗っている魔導車は、和の国で乗った事ある魔導車とは全くの別物だった。


 今乗った魔導車は扉が車体の後では無く左右に付いており和の国よりも全体的に小さく、大人四人が精々入る程度の広さしかない。しかも中から外の景色を眺める事が可能な窓ガラスが付いていた。


「これが魔導車……」

「感心してるとこ悪いが、ベルトを閉めないと少尉が出発出来ないぞ」

「……ごめん」

「いえ、では安全運転で参ります」


 幾度も感じた事のある生温かい視線を受け、ユミルは大人しくベルトを締めるのだった。


「後程係の者が呼びに参りますので、それまでは少々こちらでお寛ぎ下さい」

「はい」

「それでは失礼致します」


 魔導車に乗ってジークとエリーザ少尉の他愛のない世間話を聞きながら移動すること約三十分。何事もなくエミル達は目的地であるイージスアート学園に到着した。


「凄い所に来た」

「だな。今ならバルドさんの気持ちも分かる」


 エリーザ少尉から案内役を引き継ぐようにして入れ替わった学園の職員に先導され、流されるままに応接室の様な場所に連れて来られた二人は、待ち時間でついさっきの驚きに満ちた光景を思い出していた。


「勝手に開く扉」

「自動ドアだな。あれは俺も驚いた」

「車も変わってた」

「確かに、何処の国よりも洗練されていたな」

「建物が凄い」

「恐らく魔法で建築しているからか、前衛的な建物が多いよな」


 扉一つ、車一つ、建物一つ、挙げ始めたらキリがない程にイージスアート学園は驚きが詰まっていた。


 おかげで学園に到着してからあれは何、これは何だとエミルがうるさいぐらいに興奮しており、ユミルもエミルに釣られて気分が高揚していた。


「ねぇ、ジーク」

「何だ?」

「……私はやっぱり変?」

「急にどうした?」


 突然の脈絡の無い質問にジークは少し眉をひそめながら、その質問を意図をユミルに問う。


「今日も、沢山見られた」

「そうだな」

「特別種もいたのに、皆んな私を見る。どうして?」


 エミルの興奮を遮断して冷静になったユミルは、ジークにずっと気になっていた事を口にする。


 ユミルは和の国から此処に来るまでに、好奇、警戒、畏怖、その数えるのも馬鹿らしいぐらいに様々な種類の視線がこの身に向けられているのを気にしていた。


 それらは無論、向ける者の中に自身の事情を知る者が含まれている事を考慮した上でのそれ以外の人、言ってしまえばすれ違っただけの瞬きで過ぎ去る存在から向けられる視線に対してだ。


 彼等は時に振り返り、立ち止まり、二度も三度も自身を見てくる者までいた。


 明らかに異様だった。


 何故こんなにも視線を向けられるのかと色々と考え、自身の行動を振り返ってみても、この様な視線を向けられる理由がユミルは分からなかった。


 普通に杖を突いて歩き、偶にジークに手を引かれているどこにでもいそうな人種だったと、ユミルはそう自身を評価出来るし、その他大勢に溶け込めるように留学前から修練してバルド達からお墨付きを貰った処世術なのだ。間違いは無いはずだ。


 だが現実は人種よりも数が少ないと言われている身体的特徴を持った特別種(スペシャル)達よりも、視線を集めてしまっていた。


 角も瘴気も、身体の傷も決して晒していないと言うのに、意味が分からない。


「そうだな。それはユミルが特別に可愛いからだろう」


 ユミルの説明で質問の意図が分かったジークは自分がやっぱり変なのかと、ある意味では合っているが間違っている悩み事、視線を集めている理由をユミルに簡潔に伝えた。


「かわいい?」


 ユミルはジークが言っている意味を直ぐには理解できなかった。


「ああ、可愛い」

「そう……」

「反応が薄いのは何時もカナンさん達から言われていたからだと思うが、それが視線を向けられる一番の原因だと俺は思うぞ?」

「そうなの?」

「まぁ、ユミル達に自身の美醜の自覚が無いのは仕方の無い事だと思うが、ユミルもエミルもすれ違う人が二度見してしまうぐらいには、可愛い。これは自覚しておいた方がいい」

「ふぅん」

「ちなみに二番目はその黒髪――俺は適当な事を言ってる訳じゃないからな?」


 脈絡の無い質問を真面目に対応したのにユミルはジークの話しを胡乱げな様子で聞いていたので、ジークは職員が戻って来るまでの間、ユミルが理解するまで根気強く説明するのだった。

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