第十四話 首都ヴァールテクス
続きです。
船から降りて移動を開始し早数時間。和の国の留学生達は首都ヴァールテクスへ到着した。
「何だあの建物」
「あれが噂に聞く、魔導車なのね」
「ここが首都なのか」
最終目的地である首都の街並みを見て、留学生達はもはや何度目か分からない衝撃を受けていた。
法の国に着いたばかりの港の光景や、ついさっきまで魔導列車から眺めていた景色からガラリと変わった光景に、留学生達の心は鷲掴みにされていた。
留学生達の目に映るのは、銀世界ではなく綺麗に並ぶ魔法によって建てられたであろう全長数十メートルの建築物群。そして綺麗に区画整理された道には馬車では無く車輪の付いた箱、魔導車が馬車より早い速度で往来し、魔道具が人々と日が落ちた夜を燦々と照らしていた。
その和の国のように自然と一体化したような美しさで無く、人類の手によって生み出された人工的な光景は、道中までの光景が幻想だったのではと思わせる程に別世界だった。
「ようやく着いたな」
「お尻いたい……座布団微妙だった」
「文句言うなよ。臨時にしては結構マシな設備だったぞ」
「何か敷く物でも買っておけば良かった」
「寧ろ持って無かった方に俺は驚きなんだが」
ただユミルとジークは相変わらず平常運転だった。目の前の光景じゃなく、先程まで乗っていた魔導列車についての感想もとい愚痴を溢し、どうでもいいような普通の会話をしていた。
「お前等、何かこうもっと、感動とかないのかよ」
二人の淡白な反応、と言うかほぼ無反応に先導するバルドはつまらないと文句を言う。バルドでさえ初めて訪れた時には、少なくない高揚感があったと言うのに、お前等は何なのだと。
「興味無いし」
「まぁ、多少は感動しましたよ。それよりバルドさん達は、何時までこちらに滞在しているですか?」
バルドの文句すらあっさりとした対応をみせる二人に、バルド以外の同じ護衛兼案内役の国騎士達は苦笑した。
「はぁ……俺達は二人がイージスアート学園へ入学するまでは、此処にいるつもりだ。だが忙しいだろうな」
「そうですか」
案の定なのだけれど、もし暇ならバルド達に首都の案内でもして貰おうと考えていたジークは、少しの落胆を見せる。
「気にする必要はない。お前達は俺達以上に忙しいと思うからな。特にユミルの方は」
「『うへぇ』」
「ん?」
バルドの揶揄うような言い方にユミルの口から溢れた言葉は明らかにエミルのもので、違和感を持ったジークは横を歩くユミルに視線を向ける。
けれどそこには依然変わらず無表情のユミルがいた。念のためジークはユミルの帽子を少しずらして髪色まで確かめるが、黒髪のままだった。
(……入れ替わって無いのか?)
「どうしたの?」
「いや、ゴミが着いてたからな」
「そう」
突然のジークの行為にユミルはどうしたのかと問うが、ジークは適当に誤魔化し今さっきの出来事に思考をまわす。
(あの心底嫌そうな声色は、明らかにエミルの声だった)
ユミルとエミルの二つの人格が一つの身体に宿っている事を、国騎士ないしエミルに関わる者は知っている。中でもジークを含めて数人はエミル達の性格から身体、そして本人が知らない様な事細かな情報まで知っていた。
だからこそ先程の今までに無かったユミルの反応に、ジークは目敏く気付く事が出来た。
(人格まで一体化されるのか?)
ジークが気になっているのはそこだった。
エミルの身体の中にある本来魔物にしか備わっていないはずの結瘴は、三年の月日を経て変化し拳サイズだった結瘴は僅か三年で心臓から四肢、脳に至る全てに毛細血管の様な管が根を張るように侵蝕し一体化している。
三年でエミルの身体は完全に人魔一体となった。
けれど、身体が人魔一体になってもエミルとユミルはお互いに存在し続けていた。お互いを尊重し、思い遣る気持ちを持ってして互いの得手不得手を補う形で今も共存しているとジークは思っていた。
だが、今。それが変化している可能性が出てきた。
(後でバルドさんと相談しないとな)
身体の一体化は良い方向に転がったが、人格まではどうなるかは分からない。それにそもそも人格が一体化するかすら、今の段階では推測の域を出ないものだ。
けれど、ジークはそれを楽観視する事は出来なかった。
ジークはガラス細工と一緒だと思っている。もし溶け合っている最中に、ほんのちょっとした衝撃でもあれば、ひび割れ壊れてしまいそうな危うさを感じている。
ジークは今の二人は嫌いでは無い。寧ろ好ましいとさえ思っている。
今までジークが生きてきた殺伐とした世界で、手を取り合う純粋で無垢な妹と無にして魔を統べる姉の存在は、何か尊いものに感じていた。
だからこそジークはユミルとエミルのどんな些細な変化だろうが見落とさない。
「今日は俺達の住む家の案内だけですよね?」
「あぁ。今日はもう遅いからな」
「それならその後、俺達の新居で一緒に夕飯を食べていきませんか?」
「構わないが……俺達に荷解きさせようと思ってないか?」
「思ってます」
「おい。少しは取り繕えよ」
「あはは」
「たく。仕方ねえな」
愛想笑いをするジークの金の双眸が何か訴えかけている事に気づいたバルドは、やれやれと言った様子でジークの提案を受け入れた。
バルドはジークが言葉を用いずに視線や身体言語を使う時は、大体エミル絡みだと知っている。
せめて前途多難な事にはならないでくれよと祈りつつ、一週間後に来る別れにバルドは一抹の寂さを感じながら新居を目指して歩くのだった。