第十三話 到着
続きです。
和の国から約一週間の船旅を終え地に降り立つと、そこはもう異国だった。
降り積もった雪と肌を刺す様な寒さに魔道具が散見する街並み。そして行き交う人々が当たり前のように扱っている魔法は和の国では見る事の無い光景だ。
「寒い人はこれを使って下さい」
「沢山ありますので遠慮は無用ですよ」
「もし使い方が分からない人がいましたら、気軽にお声をかけてください」
白い息を吐きながらその新鮮な光景に心を奪われていた留学生達は、到着を歓迎してくれている人達の声で我に返り動き出す。
そうして使って下さいと手渡されたモノをふと見て衝撃を受けた。
「え、これって魔道具だよな?」
「和の国だとこれ一つで普通に三万はいきそうだよな……」
「はぁ、温かいね」
歓迎と共に手渡されたのは魔道具の懐炉だった。そしてよく見ればそれは和の国では奢侈品として取り扱われている中の魔石を交換することで、繰り返し利用することができるタイプの最新型だった。
その魔道具は歓迎とは言え留学生全員に配るには些か度が過ぎたものだった。
受け取る和の国の留学生達もその価値を理解していない者はおらず、万が一紛失や故障でもしたらどうしようと不安になる者が出て来る始末。留学生達が支払うお金を持っていないわけではないが、いきなり慣れない地に来たばかりで不必要な散財はしたくはなかった。
そんな留学生達の不安を察したのか手渡した職員は『これは学園から皆様に対しての、ささやかながらの祝いの品ですので、返却する必要はありませんよ』と安心する言葉をかけてくれた。
『こっちは寒いねー』
『そうだね』
『エミル、ゆきって初めて』
『私も。ちゃんと防寒対策してて良かった』
『流石はお姉ちゃん。ぬかりなしだよねー』
魔道具を受け取った留学生達がそれぞれの胸の中に、これから向かう首都ヴァールテクスや入学するイージスアート学園への思いを巡らせている中、離れた位置にいるユミルはマイペースにエミルと会話していた。
『何で誰も来なかったのかなぁ?』
『さあ? それよりも船酔いは治った?』
『うん。やっぱり動かない地面の方が良いね!』
『治ったなら、そろそろお姉ちゃんと交代してよ。疲れた』
『まだダメでーす。お船がどんなのか体験したかったから交代しただけで、お姉ちゃんには法の国に着くまで頑張ってもらいまーす』
『ぐぬぬ。角を隠すの地味に大変なのに』
ユミルがついた噓に気付いたエミルは、仕返しついでに普段は表に出てこないユミルを皆に自慢しようと思い、和の国の港からエミルと交代していた。
一度初めての船を体験したいと言った時に少しの間交代はあったが、これだけ長時間エミルが表に出ているのはこれが初めてだった。
(仕方ないなぁ)
ユミルも口ではエミルに不満を垂れているものの、エミルの気持ちを察しているがために、なんだかんだで言うことを聞いてしまっていた。
「これからまた移動みたいだ。雪が酷くなる前に首都に向かうつもりらしい」
「分かった」
エミルと何時ものように下らない雑談していると、これからの予定を聞きに行ってくれていたジークが帰ってくる。どうやら首都ヴァールテクスまでは直行らしい。
理由が雪なのが何とも異国らしいが、どうせならここで捕れた魚介類を堪能したかったなとユミルは少し残念に思う。
「ユミルは寒いの苦手か? 何なら俺の分の懐炉も使っていいぞ」
「別に。大丈夫」
「いや、その格好で言われてもな……」
ふかふかの毛皮のコートを羽織り、頭にはニット帽。首にはマフラーを着けて、何時も着けてる手袋はしっかりと防寒仕様に変更。そして脚にはタイツと底のしっかりしたブーツを履いて、と完全防寒の姿のユミルにジークは苦笑する。
「まぁ、いいか。これからもっと寒くなるらしいから、気を付けておけよ?」
「うい」
ジークに適当な返事をしながら、ユミルはエミルが感じている感覚を取りこぼさないように神経をとがらせる。
何故ならユミルは寒さを感じない。暑さも疲れも痛みも、表に出ていようが裏にいようがユミルは感じないのだ。
ユミルはおおよその生物が感じ取れるものを同じように感じ取れない。ユミルはエミルが感じたものを共有して、感じたつもりになっているだけだ。
故にユミルの寒くないはエミルであって、ユミル自身は寒いのか暑いのかすらも分かっていない。
唯一ユミルに分かるものがあるとすれば、それは味覚だけだった。
大丈夫。寒くない。身体は動く。問題無い。魔力はある。魔法は使える。身体強化調整完了。反響魔法良好。ロードマップ構築。角は……大丈夫。
(よし、移動しますか)
「行こう」
「おう」
ジークに手を引かれながらユミルは歩く。
暖かい。
そう感じるのは懐炉なのかジークの気遣いなのか。ユミルには分からなかった。