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第十二話 船内にて

遅くなりました。続きです。


 港で半日の休息を終えたエミル達一向は次の日の朝、和の国が用意した魔導船に乗り込み、恙無く法の国へと出港を果たした。


 次に地に足をつけるのは約一週間後となる。それまでは留学生や護衛の国騎士達は乗客と一緒に、思い思い海を満喫する他ない。


 釣りをするのも良し。また、気ままに日向ぼっこするのも良いだろう。


 だがその限りある選択肢の中で、和の国の留学生達は奇しくも同じ行動を取っていた。


 それは留学生同士での情報交換だ。


 お互いに同胞であっても同郷では無い彼等は、誰かに言われた訳でも無くまるで示し合わせた様に、交友関係を深めようと行動に移していた。


 何故彼等は同じ行動を取ったのか。そこには一つ共有した感情があった。


 それは不安だ。個人差はあれどこれから向かう異邦の国に皆多少の不安を抱えていた。


 いくら優秀な彼等とは言え、時間の蓄積で得られる見聞には限度がある。成人しているとは言え男性は十六、女性は十四の、世界の広さを知るにはまだまだ足りない年齢だ。不安を抱くなと言う方が無理だろう。


 故にそんな彼等が共通の悩みや問題を話し合える隣人を作ろうと行動するのは、必然と呼べた。


 そして当然同じ留学生であるエミルやジークにも挨拶、もとい交流のお誘いが来ていた。そうしてジークは特に断る理由も無かったので二つ返事で快諾し、顔と名前を一致させる程度には交友関係を築いていた。


「こんにちは、ジークさん」


 一人で船内を歩いていると、見覚えのある和服を着た女性にジークは声をかけられる。


「あぁ、君か」

「はい、私です。ジークさんはどちらに?」

「部屋に戻る途中だ」

「そうでしたか」


 通りすがりに偶然出会った彼女はジーク達と同じ和の国の留学生で、ジークとは殊更交流がある人物だった。


「ところで、エミルさんの様子は如何ですか?」


 軽い世間話もほどほどに彼女は本題を切り出す。


「……普段通りと言いたい所だが、エミルは昨日から体調が優れないようだ。どうやら船に酔ったらしい」

「そうなのですか……お労しいや」

「心配は無用だ。既に薬剤師から薬を貰っている」

「そうですか。それなら安心ですね」

「あぁ」


 そうして一言二言会話した後、彼女は何処かに立ち去っていった。


(はぁ。面倒な)


 彼女の姿が見えなくなるとジークは小さなため息を吐く。愚痴を言っても仕方がないことだと頭で分かっていても、この回りくどいやり方がまだ続くのかと思えば、流石のジークも愚痴の一つや二つ溢したくもなった。


 先程の彼女を含めエミルと交流を図ろうとする留学生は三人。そのいずれもが最初から直接エミルの下に行かずに、ジークとある程度の関係になってから同室のエミルの様子を聞き、遠回しに仲を取り持って欲しいとジークに頼んでくる方法で、エミルと交流を図ろうとしていた。


 『将を射んと欲すれば先ずは馬を射よ』とある様に、エミルと同室である自分をダシに使おうとする魂胆に、ジークは特に不満を抱かなかった。寧ろその堅実的な手段にジークは是非もなしに応えた。


 エミルの部屋を訪ねた時に自分が居れば紹介すると。


 けれど、彼等は三日経ってもエミルの下を訪ねることは無かった。


 彼等がエミル争奪戦の関係者なのか、ただの好奇心なのかを見極めるつもりでいたジークは拍子抜けした。そして何故彼等はエミルの様子を聞くくせに、エミル下に来ないのかを探った結果、ジークは深く嘆息した。


 何故なら彼等三人がエミル争奪戦の参加者であるのにも関わらず、規則では無く単純にエミルを怖がって近寄らないのだと察してしまったからだ。


 なのに四日経った今日も、彼等はジークにエミルには気があるアピールだけを続けてくる。恐らく体裁を気にした上での行動だろうが、その茶番に付き合わさるジークには堪ったものではなかった。


「おかえり」

「……ただいま」

「おつかれ」


 ジークが部屋に戻ると、ソファーの上にだらし無く寝転がっているユミルから帰りと労りの言葉がかかる。


「あぁ。疲れたわ」

「頑張って」

「法の国に着いたらユミルも覚悟しておけよ」

「うい」


 何とも気の抜けたユミルの返事にジークは呆れる。


「エミルがいないと本当に適当だな……全く。見えてるぞ、ユミル」


 ソファーにだらし無く寝転がっているユミルが大きい上着を一枚着ただけでいる姿を見咎めたジークは注意する。実際にユミルが動く度にチラチラと青色の下着が露出していた。


「りょ」

「りょ、ってお前な。この前一体誰が男の情欲について語ったと思ってる」

「大丈夫。私なんかにジークは欲情しない」

「なんかって……なんだよ」

「ジークは魔物(わたし)のこの身体を見て欲情する様な、物好きな男じゃないでしょ?」


 そう言ってユミルは自ら自身の黒角と素肌をジークに見せつけるように晒す。


 真っ白な肢体に映える漆黒の長い髪に、瞳を閉じたままでも分かる整った顔の造形美。その妖精と見紛うほどの容姿を額から生える二本の黒角がより一層妖しくさせ、ジークはドキリとする。


 はっきり言って神秘的。一度見たら早々忘れることのできない珠玉(しゅぎょく)だ。そんな彼女が己の肢体を晒すとなれば、万人の男はたちまち獣欲に駆られるだろう。


 けれどそのユミルの肢体は、見た者に憐れみと恐れを抱かせる。


 肢体に刻まれた規則正しい傷跡。人の悪意をまざまざと見せつけられるかの様に、両腕から両脚そして胴体までもに鋭い刃物で丁寧に裂かれた様な傷跡が無数にある。


 幸い首から上に傷が無いのが救いだが、憐れみを誘うには充分すぎる傷だ。こんな身体を見せつけられては、男の獣欲をぶつける事は難しい。


 そうして獣欲が無くなりふと冷静に戻ると、ある事に気付いてしまう。そして気付いてしまえば抱いていた憐れみは、次第に得体の知れない化け物を恐れるかのように変わってしまう。


 ジークも初めはそうだった。目の前の人ならざるモノに畏怖を抱いた。


 けれど今は違う。


(ユミルが傷付くぐらいなら、アイツ等の話しなんてするんじゃなかった)


 普段から自分を魔物だと喩える事が滅多に無いユミルが、どうしていきなりそんな事を言い出したのか。そんなの分かりきっている。


「……なあ、ユミルはどうして留学を決めたんだ?」

「ん。いきなりどうしたの?」

「いきなりじゃないさ。ずっと聞こうと思っていたんだよ」


 ソファーに近づいたジークは膝をつき、ユミルの乱れた服装を直しながら優しく問う。


 賢いユミルが自分とエミルがこうなる可能性があると知っていながら、留学を決めた理由をジークは知りたかった。


「私達は決められたレールの上でしか、人でいられない。だから留学した」

「それはエミルの願いか? それともユミルの?」

「ううん。これは()()の願い。私達はこの温もりを手放すつもりは無い」


 そう言ってユミルはジークの片手を両手でとり、その存在を確かめるように数度握ると、自身の頬に持っていく。そうしてぴとりとジークの手を頬に当てて、ユミルは温かさを確かめる。


 ジークは無言でユミルのされるがままになっていた。それはジークがユミルの行為に驚いたからでは無い。ユミルのこの行為は和の国にいた時から、親しい人限定で度々目にしたし経験した事がある。


 そしてこれがユミル達にとってとても安心する行為だと、ジークは知ってる。


「落ち着いたか?」

「……うん。ありがと」


 暫くして手を離したユミルは変わらない表情のまま、ジークにお礼を言う。どういたしまして、とジークは言葉を返してから立ち上がる。


「さて、理由も聞けたし俺も一眠りするわ」

「うん。ご飯は私が適当に用意しとくから」

「助かる」

「じゃ、お休み」

「あぁ、お休み」


 そうしてジークは二つある内の一つのベッドで横になる。


 もしユミル達の願いが叶わなかった場合はどうするんだ?


 ユミル達の答えにそんな無粋な質問がいくつも脳裏をよぎったジークは、あの頃から何も変わっていないと自嘲しながら、襲ってきた睡魔に身を委ねるのだった。

 

次はエミル&ユミルのターンです。

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