木の実を作ろう
今日は何をしようかなと考えながらモシャモシャと私の唯一の栄養源であるロロの実を食べる。このロロの実、見た目は桃のようだが味はオレンジという不思議果物。セレナが私の為だけに作ってくれたものだ。
この世界に来たその日の夜…。
「この森に食べられそうな木の実とかある?」
という人間なら当たり前に感じる空腹を訴えたのが始まり。みんな、私が言うまでそのことを忘れてしまっていたらしい。聖獣の彼らは魔力を糧としていて食事を必要としないから、まぁしょうがないっちゃあしょうがない。
問題はここは森だと言うのに食用になる木の実が無いということ。
いや木の実はある。あるけど、普通の木の実ではない。なんでもこの森にある植物はもれなく全て薬草の類であり少しの腹の足しにもならないんだって。この森の生き物はみんな聖獣で、食事を必要としないからそれで何の問題もない。
だが私は人間だ。このままでは飢え死に確定ということでどうにかして私の食料を確保しないとと思ったセレナが、魔法で種を作りそれを元に大きな…それはもう大きな木を生やした。グングン育ちあっという間にたくさんの実をつけた大木を呆気にとられながら見て、“ここは異世界なんだ”と改めて認識できた。
おかげでこの三ヶ月、これしか食べてない。
「この実はすごいのよ~!これ一つで一日に必要な栄養と水分を補ってくれるの!腹持ちもばっちりよ。そして~、ここが一番すごいのよ~?なんと、これを食べている間はトイレに行かなくても平気なの!え?なんでそんな機能つけたのかって?だって森の中でするの嫌でしょ〜?」
出来立ての実を前にされた説明がこれ。なにその万能の実。半信半疑だったけど、すぐに本当だってわかって思わず興奮してセレナにタックルしてしまった。
思いっきりいったのに「大げさよ~」って一mmも微動だにしなかったセレナに興奮がどっかにいってしまった…。
「と、いうことで。私も作りたいです!」
「自分だけで納得してんじゃねぇぞ」
「やっぱりルミは何を着てもかわいいね!そのワンピースがんばって作った甲斐があるよ!」
お口が相変わらず悪いですよ、アズール!…てか、え?この服ジェットの手作りだったの?いつそんな技術身につけたのさ。
「今は靴を練習してるんだ」
何になるつもりですか?…まぁ、本人が楽しそうだからいいんだけどさ。私より女子力高い美男子……。うん。需要しかないからいっか。
「それで?ルミは何をしたいのだ?」
「えっ?ああ、えっと、魔法もある程度簡単なものは覚えたでしょ?だから今日はセレナが作ってくれたような果物の木を作ってみたいの!」
思わぬ情報にびっくりしちゃったけど、気を取り直してやりたいことをみんなに伝える。すると、なぜかセレナがみるみる落ち込んでいってしまった。なんで!?
「セ、セレナ!?どうしたの…?」
声をかけ、ゆっくりと上がったその顔は悲しみで満ち満ちていた。どうして!?
「だって…私の作った実に問題があったんでしょう…?」
「も、問題?そんなことないよ!ロロの実は完璧だよ!」
悲壮感たっぷりのセレナに慌てて否定する。あの実がなければ今頃わたしはとっくに餓死して土に還ってる。あんなおいしくて万能で素晴らしい食べ物を私は見たことも聞いたこともない!と、私の必死の思いを聞き、なんとか気持ちを浮上させることに成功。ふー、あせった。
「じゃあどうして~?」
「え~っと、たんなる好奇心?私にも出来るのかなぁって思っただけなんだ。変に勘違いさせてごめんね」
「ほらみろ、やっぱりこいつの頭はカラッポなんだ」
「やっぱりってなにさ。人をバカみたいに言わないでくれる?」
「ふん!みたいじゃなくてバ、ブホッ…!」
……。アズールは突如顔を歪ませ真横に飛んでいった。目線を下げれば、そこには丁度蹴り上げた後ろ足を下ろすセレナが…。アズール、来世ではその口の悪さを直すんだよ!
そう思いながら手を合わせていると、「勝手に殺してんじゃねーぞ!」という幻聴が聞こえたような気がした。そして、相変わらず森の木々達はアズールを華麗に避ける。聖王なのにその雑な扱いはアズールだから?なんて可愛そうなアズール、ぷぷっ!というか、今まで気にして無かったけど木が避けるって普通にすごいよね。
…さて!気を取り直してやりますよ!
まずはセレナにもらったただの種を土に埋める。その後はどんな木にしたいかを想像しながら魔力を流すんだけど…。どうしようかな~。
ロロの実が見かけ詐欺のオレンジだったから、ちゃんとした桃も食べたいな。あっ、でもりんごも腹持ちよさそうだし、すいかとかメロンみたいに大きかったらみんなと食べれるかな?でもみんな食事はしないっていってたしなぁ。
などと何にしようか悩んでいると、ちょんちょんと手を叩かれる。いつの間にか閉じていた目を開け横を見ると、ニコニコと笑顔のセレナが。
「?どうしたの?」
「うふふ。さすがルミね~、これなら毎日飽きないでいられそうね~」
そう言いながら見上げるセレナに続いてその視線の先を見れば…。
「おぅ…まじか。」
そこにあったのは、どっしりと太い幹からたくさんの枝が分かれ青々とした葉をつけている大木。それだけなら、まあ多少無理があっても普通の木だ。だが、この木は違う。
こっちでは桃が生りこっちではりんごが。別の枝からは本来地面で栽培されるはずのすいかやメロンまで生っている。ファンタジーはなんでもありなのか。
知らぬうちに考えながら魔力を流していたのか、私が考えていた物全てが反映されてしまっていた。今瑠美の頭には「この~木なんの木」と歌が流れている。そんなものこっちが聞きたい。
「おお、初めてにしては上手にできたではないか。すごいぞ、ルミ」
「ほんとよね~!せっかく作ったんだから食べてみなさいよ!」
私が黙っていても話は進む。ぼーっとしていた意識が戻ると、目の前にはたくさんの木の実?が。そしてこれを失敗とは絶対言わない激甘な保護者ズ。
…これは成功なのだろうか?
「んん~!おいしい~!!」
「ふむ、ルミの魔力が体の隅々にまで染み渡るようだ」
「まあまあだな」
って!私より先に食べてるし!でも、いつの間にか復活していた辛辣なアズールの褒め言葉は素直にうれしい。アズールの「まあまあ」は美味しいってことだもんね!
結論からいえば、失敗ではなかったけど成功でもなかった。
味は申し分なくおいしい。それに桃なら桃、りんごならりんごの味がちゃんとしたから見た目と味があべこべなんて事もない。でも、ロロの実一つで満腹になるのに対しこれはせいぜい小腹が満たされる程度。しかも久しぶりに体に異変を感じ、この神聖な森を汚してしまうという失態を犯した。死にたい。ごめんなさい。
必死に私を慰めてくれるセレナ曰く、魔力を注いでる間にどんな効果があるとかを考えず、完成するまでどの実をつけるかしか考えなかったからだろうって。
そんな私には普通の食べ物だけど、聖獣組みにとっては違ったようで。なんでも、自分達には食欲などないはずなのに、私が作った実を見たら食べたいという欲求が出てきたんだって。
で、実際に食べたらあら不思議!魔力が体中に満ちてすこぶる調子がよくなったではないか。滅多にないが、疲れたときに食べればすぐ元気になれるって。栄養ドリンク代わりかい。
そうなった理由は、私が作ったってだけ。
存在するだけでみんなの活力アップの私が作った木の実は、何の効果も無いけど無いからこそ魔力がたっぷり溜まり、聖獣達にとってとてつもないご馳走が出来上がったんじゃないかというのがセレナの予想。実際、アンバー達が満足した後次々と森の聖獣達がやってきてあっという間に全ての実が木から消えた。自分には微妙だったけど、みんながこんなに喜んでくれるなら作ってよかった。
ちなみに、こんな馬鹿みたいな成長スピードなのはここが原始の森で魔力の源だから。森の外で同じように種を蒔いて魔力を流してもこんなにすぐ大木になり実をつけることはないそうだ。
次の日、また沢山の実がなる木を眺めながら私はロロの実を口に入れる。…結局、私のロロの実生活は続くようだ。たまには味変したかったかなー。
でも…。ちらっと見ると嬉しそうな顔をしたセレナ。
うん。私にはロロの実があれば十分かな!