一緒にいるのは
澄んだ空気の森の中、大きな湖の辺で私は「ふんふん~」と鼻歌を歌いながら自分の膝にいる猫のブラッシングをしている。気持ち良いのか機嫌良さ気に喉をゴロゴロと鳴らしている。
「…はいっ!終わったよ、セレナ」
「はぁ~…気持ちよかったわ~。ありがとうルミ」
セレナはそう言いながらブラッシングしたてのフワフワな毛並みを頬にすり寄せてくる。あーかわいいなあもう!
「ルミ、次は我もやって欲しいのだがいいだろうか?」
「もちろん!」
返事をしてすぐさまブラシを構える。例え猫だろうと自分よりはるかに大きいフェンリルだろうと、私は喜んでやらせていただきますとも!
……猫がしゃべったりフェンリルなんて生き物がいたりするなんて普通に考えてたらありえない。そんなこと本気で言ってる人がいたら間違いなく頭のおかしい人だね。でもこの世界ではそれが普通。だってここは地球じゃないんだもん。
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私、片瀬瑠美がこの世界にやってきたのは三ヶ月程前のこと…。
ふとした思い付きで出かけた一人旅の途中で「異世界来ない?」と誘われ、ホイホイついていった私。いや、私だって最初から信じてた訳じゃないよ?自分の目と耳を疑ったし「白昼夢かな?」とか思ったりもした。だって猫がじゃべるなんて現実にある訳ない。
……と思ってたのにいくら無視してもついてくる猫に折れてしまった。それに、見知らぬ他人ならともかくかわいい猫をいつまでも無視し続けることに耐えられなかった。で、諦めて話を聞いてみれば「あれ?なんかいい話なんじゃ?」と思い始めその場で異世界への引越し?を決めてしまった。親しい友人もいなければ家族と呼べる人もいない、ということも理由の一つだったのかもしれない…。
物心ついた頃にはもう既に母親は存在せず私の家族は父親だけだった。
その父親とも幼稚園の時から年に数回会うぐらいで、中学から二十一歳になった今ではもう会ってすらいない。家事全般は家政婦さんがやってくれてたけど、それも高校を卒業してから来なくなった。これって育児放棄か?とか思ったけどまあ、お金と雨風しのげる家はあったからいいかって深く考える事を辞めた。愛情を欲しがる時期なんてもうとっくのとうに過ぎ去ってたしさ。
…で。
あっさりとやってきたここは『エレルテリー』というファンタジーな世界。その世界の中心にある『原始の森』が今私が暮らしている場所。ここで新しい家族と生活している。
その家族というのが…
「ねぇ~ルミ~、ブラッシングして~」
「おい!お前さっきもやってもらったろ!?」
「ルミのブラッシングは気持ち良いんだから~何度だってやってもらいたいの~。あっ!あんたもしてほしいのね~?もう~、それならそうとはっきり言いなさいよ~」
「ばっ!?誰もそんなこと言ってねえだろ!」
いつもからかいからかわれているのは猫のセレナと白虎のアズール。
セレナは真っ白な毛並みの綺麗な猫だ。ただし猫と侮るなかれ…。その小さな手足から繰り出されるパンチやキックは、想像を裏切る程にかわいさの欠片もない。「猫パーンチ☆」なんて言いながら、自分より何倍も大きい相手…主にアズールを吹っ飛ばして「こわ~い!」なんて言ってるのを見て、あなたの方が怖いですと本気で思った。そして、この世界に来ないかと誘った張本人。
アズールは体が二メートルはある白虎。素直なのかバカなのか、最近は毎日のようにセレナにからかわれたり、吹っ飛ばされたり、落とし穴に落ちたりしている。「俺はそんな安い男じゃねぇ」と言っているが、なんだかんだ触らせてくれるしもっと言えば一緒に寝てくれるかわいい奴。そしてなぜか、私が傷を作るとどんな小さなものでもすぐに気づいて「どんくせぇな」なんて言いながら治してくれる。ありがとうございます!
そして、この二人を見守る年長組みがフェンリルのアンバーと竜のジェット。
アンバーはアズールより大きく三メートルはあるけど、全然怖くない。いつも優しく見守ってくれて、夜はほぼ毎日一緒に寝てくれる。フワフワでなめらかな毛に包まれれば快適快眠、寝起きだってスッキリ気持ちいい。騒がしいこのメンバーで、私の最大の癒しになっている。
ジェットは他のみんなが動物の姿に対して唯一の人型だ。本当の姿は竜なんだって!大きすぎて生活しづらく大分昔に人化を覚えたかららしい。黒髪を後ろで一つに結んでいて、今まで見たことがないぐらいイケメン。しかも背が高い。私が百五十センチぐらいだから二メートルは超えているかもしれない。どこから調達してくるのか私の洋服やら私が欲しいなと思ったものを揃えてくれている。皆んなの手入れをするブラシもジェットが持ってきてきてくれたやつだしね。
この森に人はいない。でもそれ以外はたくさん暮らしている。熊や鹿といった大きいものからウサギやリスといった小さなものまでいる。でも姿は普通でもこの森に暮らしている生き物はみんな普通じゃない。
彼らはこの世界で聖獣と呼ばれる特別な存在だ。なかでもアンバー達は特別。彼らは『聖王』と呼ばれる、聖獣達の王だ。
そんなすごい存在が私なんかにこんな良くしてくれる理由が分からなくて、こちらに来たばかりの頃、何で私を誘ったのか、何でこんなにも親切なのかと聞いたことがある。そしたら私は『愛し子』と呼ばれる存在だからと言われた。愛し子は、聖獣に愛され、いるだけで聖獣達の力が高まる存在らしい。だからみんな優しくしてくれるのかと寂しく思ってたら、顔に出ていたのかそれは違うときっぱり否定された。
「愛し子だからという理由ではない。我ら自身がルミと一緒に過ごしルミの人となりに触れたうえで、一緒にいたい、何かしてやりたいと思ったのだ」
「いるだけでいいなら何も森にいる必要はないでしょ?愛し子だろうと僕達が嫌だと判断したらすぐに森から出て行ってもらってるよ。もちろん、ちゃんと幸せになれるように配慮はするよ?」
「そもそも愛し子だろうが俺は自分が認めた存在じゃなきゃ話もしねえし近づきもしねえよ」
「だから安心してたくさん甘えていいのよ〜!」
みんながはっきりと言ってくれたおかげで、私も遠慮なく甘えることができるようになった。みんなが人間じゃなく自分の感情に嘘をつかない聖獣だから、私も素直にみんなを信じることが出来たんだけどね。
ここにはスマホもないし家電製品なんて物もないけど、代わりに魔法がある。使えるか不安だったけど問題なく使えた。地球には魔法なんて存在しなかったのにどうして使えるかというと、こっちにくる過程で魔法が使えるように体そのものを変化させたとのこと。なんか怖いけど、そうしないとこちらの世界に私という存在が上手く馴染まないらしい。
その影響なのか黒髪が銀色に変わってた。何故銀なのかといえばそれは私が愛し子だから。この世界で銀色は神の色とされていて、普通の人間や動物に銀を持つことは絶対にない。
アンバー達や森に住んでる子達はみんな目の色が銀。キラキラしてて私の髪より全然綺麗。そう言うと「ルミの髪の方が綺麗だよ!」「おそろいだね!」って言ってくれた。嬉しくてニマニマしてしまった。みんな優しい!
そんな感じで、向こうでは考えられないぐらいのんびり楽しく暮らしてる。ほんと!こっちに来てよかった!