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04.旅立ち

「よくぞ集いし我が精鋭たちよ」


 即席の演台に立った姉貴が大仰に出立の演説を始めた。

 正装で現れると結成されたばかりの竜討伐隊隊員の前に立ち、まずは竜討伐隊へ檄を飛ばす。


 領都は城塞都市だ。隣国との小競り合いが多発する最前線の辺境にあるから、市街地をまるごと城壁で囲んでいる。

 今日はいつもは閉ざされている正門を開けて、竜討伐隊の壮行会が催されていた。

 正門なので、城壁の上から様子が見れる。いつもは警備隊以外立ち入り禁止だけど今日は一般市民に開放されていた。娯楽に乏しい辺境のせいか全市民総出で見送っているのではないかと思うぐらい鈴なりになって、あたしたちの出立を見物していた。 


 正門の前の広場の中央には演台が設えてあって、その後ろには竜討伐隊が城壁に向かって一列に並んでいる。

 面子は総勢六名。


 隊長 フィオナ・エヴォリュシオン

 副長 グスタフ・ギュンター

 顧問 ベアトリス・エリュダイト

 隊員 ジョエル・ハート

 隊員 アイザック・レビン

 隊員 レベッカ・エヴォリュシオン


 非常に慎ましい。隊員の面子に驚いたけど、彼らも不本意そうだったのでそっとしておくことにした。

 顧問(カウンシル)にも驚いたんだけど、バタバタしちゃってトリスとはまだ言葉も交わせてない。


「では諸君、健闘を祈る!」


 いつの間にか姉貴の演説も終わり、親父が檄を飛ばす。それを合図に城壁を背にした見送りの隊列からも姉貴の名を連呼するような声援が飛ぶ。

 ジョエルやアイザックの反応を見ていたらとてもそうは思えないけれど、意外にも人気があるのかもしれない。怖い。

 姉貴の人気には疑問は残るものの、けっこう無視できない音量でグスタフの名を呼ぶ野太い声がある。ガチ勢だろうか。怖い。


 近衛兵が一頭ずつ飾り立てた馬を隊員に渡してくれる。荷はあらかじめ括りつけてある。これは馬には負担だ。早く出発して儀式用の装具を解いてあげたい。

 なんて思っていたらトリスが馬に乗るのに四苦八苦していた。背が足らないのか、(あぶみ)に足を掛けるのさえ一苦労だ。

 手を貸そうとそばに寄ると睨まれた。


「馬に乗ったことは?」

「鞍にさえ届けばなんとかなると思う」

「それなら良かった。手伝うよ」

「助かるわ」


 片手で手綱をとって馬を抑えて、残りの手で鐙を押さえる。トリスが左足を鐙に通したのを見計らって、トリスの左足を持つ。


「え?」

「このまま支えてるから、乗って」


 階段を上るようにぐっと左足に体重がかかるのを馬のほうへと押し上げる。トリスはどうにか鞍の上に収まった。


「鐙の長さは自分で調節できる?」

「できるとは思うけど、手伝ってくれる?」

「了解」


 ベルトを締めなおして鐙の長さを調節して左右の長さを合わせる。手綱も首の後ろに回してトリスに渡す。


「念のために聞くけど馬に乗るのは何回目?」

「初めて」

「は?」

「何冊か本は読んだわ。たぶん上手くできると思う」


 そんな無茶な。これから旅立つのに馬は必要不可欠だ。乗れないとお話しにならない。それどころか馬の世話も自分でしなくてはいけない。そこにまったくのド素人がいるとはどういうことだ。

 姉貴のアホは一般市民がみんな軍人のように訓練されていると思ってるに違いない。姉貴に、同行者に最低限のことができるかどうか確認して足らない部分はあらかじめ教育しなくてはいけないという意識がないとは思わなかった。まぁ地理的にいえば馬ぐらい乗れる市民のほうが多いんだけどさ。

 姉貴のリーダーとしての資質を危ぶみながら、どうすればマシか頭をフル回転させる。


「手綱をこんな感じで持ったままちょっと待っててくれる? ブレーキ替わりになるから」

「いいわ。でも、どうして?」

「すぐ戻る」


 あたしは自分の馬に飛び乗ってすぐにトリスのところに馬を寄せた。


「ゆっくりと常歩から練習しよう」

「いま?」

「今より早い時期はないよね」

「大丈夫だと思うのだけれど」


 確かに姿勢や手綱の持ち方は正しい。大きな問題はないようだ。


「先に行ってくれる? 姉貴の後ろについてくれれば姉貴がフォローしてくれると思う。私はすぐ後ろからついていくから」

「わかった」


 トリスの馬がゆっくりと動きだす。やはり大きな問題はなく基本に忠実な扶助ができているようだ。それならよかった。もっと大きな問題があるとかと思った。

 トリスの馬がゆったりと歩き始めると、城壁からワッと拍手が沸き起こった。

 忘れてた。観客めっちゃいた。


 馬が怯えないといいけど。ここにいる馬は最高に躾けられた馬ばかりだから大丈夫だとは思うけれど。



   ◇



「乗合使おうか」


 広場からほど近い馬を停留できる場所に到着して装具を外したり飼葉をやって休憩していると、あっさり姉貴が言った。


「ずっと騎乗で移動するのも疲れるしね。必要なときに借りればいいんだし。トリスはまぁ、あんたが乗せてもいいんじゃない」

「重た過ぎたら馬が可哀そうじゃん」

「あれ? 知らなかったっけ。トリスは『咒』の研究ではエヴォリュシオンどころか全世界最高峰よ」

「初耳です」

「精神干渉するだけじゃない、重量や質量に干渉する『咒』が書けるってこと。馬への負担も最低限にできるよ」

「ふーん」


 それがどれだけすごいことなのか、ちょっとよくわからない。


「トリスはどう思う?」

「私はどちらでも」

「他は?」


 姉貴は残りの三人に視線を巡らせる。


「俺は馬のほうがいいですね。自分で路銀(カネ)を管理しているわけじゃないから、移動手段まで他人任せでは心許ない」

「同じく」


 ジョエルが至極まっとうな意見を述べてアイザックが賛同する。なんとなく脱走を考えているような気しかしないけれど。グスタフはご随意に、とだけ述べた。


「あたしとしては乗合のほうが気軽なんだよね。でも人数がちょっと多いからなぁ。一度で乗り切れなかったら行程に支障も出るし」


 姉貴が親父からもらった猶予は半年。半年で竜退治について何らかの結果を出せなければけっこうなペナルティを食らう。

 それにあの壮行会だ。成果ゼロでは戻れない。


「ま、いっか。馬のままいこう。トリスの面倒はあんたに任せるわ」

「え」

「トリスは事前にそれなりに学習していて基本に忠実だから、そこまで面倒は掛けないと思うよ。馬の練度も高いし」

「え、それはあたしが無理。いつ何が起こるかと思うとドキドキしすぎて心臓がもたない」

「あんたもその無駄にビビりなとこ、どうにかしたほうがいいしね。決まり。馬で行こう」

「そんなぁ」

「休憩終わり」


 姉貴は手をひらひらと振って解散させる。トリスが申し訳なさそうに寄ってきた。


「面倒を掛けるわ」

「それはいいんだけどさ、最低限のこととして安全に落馬できる?」

「ある程度の防護の『咒』は貼っているから、どんな目に遭っても安全だとは思うけど」

「なにそれすごい」

「だからフィオナに引っ張り込まれたのよ」


 心底迷惑そうにトリスが言った。

 とりあえず他にやることもないし、というか何をやるのか姉貴しかわからないわけだし、当面はトリスが一人で安全に馬に乗り降りできることを目標として頑張ろう。

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