11.ハンモック
僧房の寝具は布団といって、折りたためるマットレスと季節に合わせた上掛けの組み合わせで構成されている。布団一枚は畳一枚より大きいので、八畳間に六組の布団を敷くと布団以外足の踏み場がなくなってしまう。
「いいかアイザック、トリスちゃんの横は譲らないからな」
「ジョエル、お前は入り口の前だとさ」
「なんで」
「フィオナ様のご所望だ」
「なんで! え、おれフィオナ様に名前覚えてもらってる? それは少しうれし」
「あんたはそっちで相方はこっち、とご指定を頂いた」
「あ、そ」
などと言い合ってる男性陣をよそに、姉貴は梁を利用して部屋にハンモックを吊るしてブランケットと上掛けの2枚をその上の乗せて即席のベッドを作っていた。
「え、姉貴、そこで寝るの?」
「そう。下は窮屈そうだから」
「へー……」
「なにレベッカ気になるの? 一度、寝てみる?」
「寝る寝る!」
喜び勇んでハンモックに乗ろうとしてみたけれど、体重をかけようとするとハンモックが逃げてうまく乗れない。勢いをつけて飛び乗ったら一回転して床に落ちた。
「うわ、危ね!」
吹っ飛んだ先にいたジョエルは、あっさりあたしの身体を避けて、変わりに枕を投げつけた。ああうん、緩衝材代わりにしようとした意図はわかった。あたしの身体にぶつかって何の助けにもならなかったけど。
「受け止めてくれてもよかったんじゃないかな」
「やだよ。怪我したくねえもん」
わぁ、正直。あたしだって受け身を取ったもん。痛くないもん。
逆側からハンモックに再挑戦しようとしたら、姉貴に止められた。
「そっち側からだと下手したらトリスのとこに飛ぶから駄目」
ああ、ジョエルと違って避けるだけの運動神経もなさそうだよね。
「そこのデカいほうに乗せてもらったら?」
「なるほどその手が」
「え……嫁入り前の娘さんの身体に触らせるとか正気ですか」
アイザックは信じられないと言いたげに拒絶した。
「その嫁入り前の娘さんとガチの殺し合いは出来るくせに」
「は?! おれは一度たりともそんなことをしたことは!」
「去年トーナメントであたったじゃん」
「……確かに。そんなこともありましたね」
「殺し合いが出来るなら抱きあげるのも簡単にできると思うんだけど」
「いや妹を傷物にしたとかなんかそういうえげつない因縁を付けられそうだから普通に嫌です」
こそっとアイザックがあたしだけに聞こえるぐらいの音量で囁いた。
ああ……それはいかにもやりかねませんね。姉貴だもんね。
「じゃ、グスタフ」
「え、おれは!」
なぜか立候補したジョエルを、アイザックはアホの子を見るような目で見た。ジョエルはいつかだれかに騙されそうな気がする。
「じゃ、君でいいや。よろしく」
姉貴はあっさり指名替えした。
ジョエルは自信満々の態でハンモックの下で四つん這いになった。あほの子すごいな。未婚の乙女に婚約者でもない成人男子がどう触れるか問題をものすごい勢いで回避したわ。
アイザックが噴き出すのを必死でこらえているらしく片手で口を覆っている。
「ごめんね」
「いやいや。女子に足蹴にされるとかむしろ役得だし」
爽やかにジョエルが言う。
そういうところが気持ち悪いって言ってるの、理解してるのかな。
踏みつけにすることへの謝罪の気持ちもいっぺんに吹き飛んでジョエルの背中を遠慮なく踏む。安定した低い足場より、安定しない高い足場のほうがマシみたい。あっさりとハンモックに乗れた。
あたしの体重でしなったハンモックは、中央が一番深く両側があがって身体全体を包み込むようになって揺れる。うわぁ。乗ってからも全然安定しないな。
「どう?」
「すっごい不安定」
「空中だから仕方ないよね」
姉貴はほいっとハンモックを揺らした。
あたしはまた床に落ちる。折りたたまれた寝具の上に落ちたので衝撃はあまり感じなかったけども。
「なんでそういうことするの」
「十分堪能したでしょ? レベッカはトリスの横で寝て。トリスに不埒なことしそうな輩がいたら遠慮なく斬っていいから。そこの坊やとか」
姉貴はあたしが落ちて激しく揺れるハンモックに反動をつけることもなく、階段を上るようにひょいっと上ってさっさと横になる。乗った途端にスッって揺れが収まるのは何の魔法なの。
「必要ないけど」
トリスが抗議の声をあげる。どう理解したのか、そこの坊やことジョエルが一瞬ガッツポーズをする。なにを考えたにしても、それは誤った理解だと思う。
「エリアに侵入されれば自動的に警報を鳴らしつつ攻撃が発動するように術式を組んだから」
「エリアって、どこのこと?」
「私の布団の上、全部」
「それ、レベッカにも発動するの」
「するわよ」
「聞いたレベッカ、布団はなるべく離して敷いたほうがいいよ。寝相が悪くて命を落とすのもバカバカしいでしょ」
「命を」
思わずジョエルを見ると、ジョエルも困惑した表情を浮かべていた。よかった。この会話は正しく理解されているようだ。
あたしは折りたたまれていた自分の寝具を広げるにあたって、念のためにトリスとあたしの布団の間に室内に持ち込んでいる各人の荷物を砦代わりに並べた。もはや誰のかよくわからないけど、誰のでもいいよね。部屋はひとつなんだし。
なぜかトリスも荷物の位置調整を手伝ってくれた。隙間なく壁になるように。そんなに危険なのかとゾッとしたのはここだけの話にしておいてください。
「それじゃ、おやすみ。明日は全員で行こうね」
ハンモックの上から姉貴の手がひらひら振られて、部屋の明かりが消えた。
たぶん、この部屋にいた面々の思いはひとつだった。行くって、どこに?! でも誰も疑問の言葉を発することはなかった。




