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10.ドレスアップ

 僧房の水場の横にあったシャワーを借りてでさっぱりして部屋に戻ると、トリスと姉貴が喧嘩していた。喧嘩というか、一方的にトリスが姉貴に噛みついているというか。勇者だよね。魔王こと姉貴はへらへらしながらのらりくらりと勇者の攻撃を躱している。


 触らぬ魔王に祟りなし。


 あたしはできるだけ気配を消して、静かに部屋の扉を閉めるとそおっと自分の荷物のところまで移動する。押し入れに寝具が入っていたのは確認しているし、さっさと寝具を揃えて寝よう。ジョエルとアイザックもとっとと狸寝入りを決めているんだし。


 ……。


 トリスと姉貴は、寝具が入っている押し入れの前で口論していた。詰んだ。


 いやまだ勝ちの目はある。荷物の中に寝袋があるし。最悪それにくるまればいい。ああでも寝具があったほうが絶対寝心地いいよね。寝袋の下に敷くマットレス薄いし。


「レベッカ、こっち来て」


 おっと魔王もとい姉貴に見つかった。


「これ着てくれる?」


 姉貴が手にした服を押し付ける。やたらヒラヒラしたドレスだ。


「いいけど、なぜ?」

「おっと。いきなり脱ぐな。脱ぐなら広縁に行ってもらおうか」

「いいけど、なぜ?」

「いいから行け」


 言われた通り広縁を開けるとグスタフが椅子に腰かけて、テーブルに積まれたトリスの本を読んでいた。


「お邪魔します」

「おー……」


 本から目線もあげずにグスタフが答える。

 まずドレスをグスタフの向かいの椅子の背に皺にならないよう丁寧に掛ける。それから脱いだ上着を雑に整えて同じ椅子の肘掛に掛けた。グスタフが目線をあげた。


「待ってくれ。何をしようとしている?」

「何って、着替え?」

「なぜここで」

「姉貴にここで着替えろって言われたから?」


 シャツのボタンに手を掛けるとグスタフがわーと怒鳴った。


「君には羞恥心というものがないのか?!」

「はい?」

「あー、他人に肌を見せるのはマナー違反だとか、その類の教育を受けたことは?」

「なにを言ってるのかよくわからないけど着替えてからでいいかな」

「良くない。待て。おれがここを出るまで待て」

「いいけど、なぜ?」

「いいから待て」


 グスタフは慌てた様子で立ち上がると広縁から出て行った。ピシャッと障子が閉められる。意味がわからない。確かにドレスアップする前の姿を他人に見せるのはだらしないかもしれないけれど、グスタフが気にしなければ良くない?!って思うんだけど、さすがにそれを他人に要求するのはちょっと図々しかった、かな……?


   ◇


「姉貴、これサイズ全然あってない。すごく胸が苦しい」


 四苦八苦しながらどうにか収めて広縁の障子を開けると、姉貴が満面の笑顔で出迎えた。


「いいね! 予想以上じゃん!」

「はあ?」

「どーよ、これ」


 あたしの肩を抱いてドヤァとばかりに姉貴が振り返る。すみっこにいて叩き起こされたであろうジョエルとアイザック、ついでにグスタフの三人が壁際でこっちを見てた。

 なんだその表情。


「あー、馬子にも衣装?」

「いや、やばいね。ああなるんだね」

「女って怖いね」


 なんだその反応。ドン引きしてるようにしか見えないんだけど。

 姉貴の横にいたトリスはなんだか視線を逸らせているし。なんだその反応(2回目)


「これは、どういう……」

「あれ? 思ってたんと違う」


 いや姉貴も自信なさげにならないで欲しいんだけど。


「もう脱いでもいいかな」

「そんなにキツい?」

「耐えられないってほどじゃないけどさ、いやわかんないけど」

「半日ぐらい我慢できそう?」

「やってみなきゃわかんないけど」

「そっかー、まぁちょっとお試しとしてしばらく着てて。徐々に慣れてこ?」

「え、なんで。汚しそうで怖いんだけど」

「それ安いのだから、汚れても平気。何着もあるし」

「何着もあるんだ……」

「なんで嫌そうな表情になんの?」

「だって窮屈だし……」


 慣らしのためにドレスを着とけってことは、本番もあるってことだよね? なんだろう嫌な予感しかしないんだけど。


「で、これをどうするって?」


 トリスが姉貴に聞く。


「餌にしようかと思って」

「明らかにやりすぎでしょ」

「え、男はみんなこういうえっちなの好きでしょ?」

「性的過ぎるって言ってるの」


 えっち? 性的? 何を言われてるのかよく分からないけれど、部屋の入り口に等身大の姿見があったのでちょこっと移動して自分を写してみる。


「やっぱこう、胸の谷間って浪漫じゃない? せっかくあるんだし少しぐらい強調したって罰は当たらないでしょ」

「それは確かにそうなんだけれど、安く見られないかしら?」

「ドレスのグレードを上げればごまかせないかな」

「要は見せ方よね。上着を掛ければまだ上品に見えるかしら……」

「オートクチュールならまだしも、既製品から合わせるのはちょっと骨だな」


 ――なるほど。

 胸がきついと思ったらめちゃくちゃ谷間が強調されてるわ。こうなっていたのか。確かに性的だわ。うわぁ……見た目だけなら夜の蝶に混ざれそう。


「あたしもしかして何かやらされる感じなのかな……?」


 あたしの疑問は、ドレスをどうするかという議論に夢中な姉貴にもトリスにもスルーされた。あたしのことなのに。


「仕立屋は」

「こんなところにあると思う? 針子なら探せば見つかるかもしれないけれど」

「この服はどうしたのよ」

「砦の騎士様から奥様のコレクションを拝借したわ。領主の婚約者様がご所望だって言って」

「誰のことよ」

「アレのこと」

「婚約者?! いるの?!」

「大丈夫。あたしが破棄してあげたから安心して」

「……。あなたね……いつもいつもやることがどうしてそう雑なの……ああ、だから餌……」

「ちゃんと早馬飛ばしてくれてるかなぁ」


 ……。

 んん? 姉貴とトリスの会話、なんかものすごくあたしの安全にかかわる話をしていないかな。どうなのかな。気のせいかな。気のせいだってことにしておこう。

 というか借りた服なら汚したら駄目じゃん?! なんなの姉貴、その他人のものを大事にしない考えとても怖い。何着も借りてこないで欲しい。せめて丁寧に着よう。


 というかもう脱いでもいいかなぁ……。

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