かぼちゃにぶつかって死んだ男
「練習中、かぼちゃにぶつかった新潟県在住の男が死んだ。男の死体には火傷の跡が残っていた。この男はなぜ死んだ?」
水上が言った。今の話題は水平思考クイズについて。水上オリジナルの問題だという。解答者は俺と竹達。佐渡ヶ島大学論理学部のいつもの三人組だ。
「かぼちゃにぶつかったからだろ?」
竹達が身も蓋もない解答をする。これには水上も苦笑いだ。
「いや、まあ、そうなんだけど。かぼちゃにぶつかって火傷して死ぬシチュエーションを答えてくれよ」
「出来立ての煮物を一気飲みして詰まらせたんじゃね?」
お前なあ……。
「でも、死因ははっきりさせたいな。男が死んだのは、かぼちゃにぶつかったのが原因か?」
俺の真面目な質問で、水上はいつもの調子に戻る。
「そう。男はかぼちゃにぶつかって死んだ」
俺は男が新潟の田舎道を歩いていて、不意に転倒し畑のかぼちゃへ頭からダイブする光景を思い描いた。
「なら、そのかぼちゃは生だな?」
水上はこの質問への答えに、少し詰まった。
「うーん。『生』って表現は適さないかな」
「じゃあ調理されてたのか?」
「それは違う。男がぶつかったのは料理じゃない」
水上が変なことを言う。男の死の鍵を握るかぼちゃは、生でも調理済みのものでもないようだ。そんな状況、あり得るだろうか。実になる前とか? いや、それでも生であることに変わりはない。
「それってさ、男じゃなきゃダメ?」
今度は竹達が尋ねる。竹達は死んだ男からアプローチをかけるようだ。
「いや、女でもいい」
「新潟に住んでるってところは?」
「新潟じゃなくてもいいけど、どこでもいいわけじゃない」
「練習中だったってのは?」
「そこは大事」
「えーっとそれから……。そうだ、火傷したってのは?」
「それも大事」
表情を読み取られたくないのか、ここまで水上は事務的に答えている。竹達は質問のストックが尽きたらしい。
竹達が目で俺にバトンタッチした。
「水上、男が火傷したのはかぼちゃによるものか?」
「そうだよ」
「火傷したのは舌か?」
「……違うね」
ここで水上が笑う。水上らしい嫌な笑顔だ。ブラックスマイルとでも名付けておこう。
「え? じゃあどこ?」
竹達が驚く。水上は今の竹達の言葉には笑うだけ。水平思考クイズで質問できることは、イエスかノーで答えられる質問のみだからだ。
「手?」
「まあ、手かな。手『も』が正確だけど」
「……男が火傷したのは全身?」
「そう」
「男は焼け死んだ?」
「そう」
竹達の問いに水上が答える。焼け死んだか聞かれてこんなにも楽しそうに答えるので、俺は水上の精神状態が心配になってきた。
「ところで、練習中って言葉があったな。それも解答には盛り込まなきゃいけないんだろ?」
俺が言うと、水上はやはり愉快そうに答える。
「もちろん」
「それはスポーツの練習か?」
「違う」
「なら料理?」
「いや」
「かぼちゃと関係のある練習?」
「そう」
「うーん……」
俺も質問のストックが尽きた。
質問者が竹達に移る。
「新潟在住って言ってたけど、練習してたのも新潟?」
「確か違ったかな」
水上はそう答えた。竹達は鋭く突っ込む。
「面白い答え方だな。この問題は現実にあったことか?」
水上は左下に目線をやった。失敗したと思ったときの癖だ。
「そう」
「……まあいいか。練習してたのは新潟県外ってことでいいんだな?」
「県外? いや、新潟県内だよ。県外でも場所によっては成立するけど」
現実にあったにしては、えらく曖昧に答える。
「ならこの島でもいい?」
「いや、舞台は佐渡ヶ島じゃない」
水上が久しぶりにはっきり否定した。
「少し戻るけど『新潟じゃない』っていうのは『新潟市じゃない』ってこと?」
「そう。二人とも『県』とは言ってなかった」
「新潟市じゃどうしてもダメ?」
「ダメ。どうしても」
住んでる県の県庁所在地を一見無意味に否定する水上。
「……ひとつ。説ができた」
竹達が言う。普段から竹達を馬鹿にしている身としては、竹達よりは先に真相にたどり着きたいのだが。
「発表する?」
水上が促すが、竹達は渋った。
「いや、もう少し質問する」
竹達の質問タイムが再開した。
「『ぶつかった』という言葉は比喩?」
「そう」
「だろうな。でなきゃ野菜にぶつかって火傷なんかしないし。かぼちゃってのも野菜のかぼちゃじゃないだろ?」
「その通り」
思い描いていた脳内の情景が否定され、俺は思わず引き止めた。
「ちょっと待て。かぼちゃは畑にあったんじゃないのか?」
「うん。畑じゃないよ」
「なら青果店?」
「いいや。野菜じゃないってば」
水上が笑う。一方で竹達は真剣な表情。竹達にこんな顔は似合わない。どんなイメージができているのだろうか。
「なあ神埼、男は練習をしていたかって聞いてみろよ」
竹達が俺に言う。
「その質問の真意はわからんが、自分で聞け」
「そう言うな」
結局、俺が聞くことに。
「問題文にあったと思うけど、男は何かの練習をしていたか?」
水上はこう答えた。
「いや」
「は?」
「『男が練習してた』とは言ってないよ。男は練習なんかしてない」
正直、騙された気分だ。
「じゃあ誰だよ?」
「竹達ならわかってるんじゃない?」
水上が挑発するように言う。
「……かぼちゃをぶつけた人か?」
「そうだよ。慎重だなあ」
「そんなに言うならこれで最後の質問にしてやるよ。これは戦時中の話で、アメリカ軍が落とした模擬爆弾の犠牲者が主人公の男、そういう解釈で間違いないか?」
水上は満足げに頷いた。
「大正解」
以降は水上の解説パートに入った。第二次世界大戦において、アメリカは後に長崎に投下するプルトニウム型原子爆弾とほぼ同一の形状をした爆弾を作成し、原爆投下に向けた訓練として富山、長岡、四日市などに投下した。本物の原爆投下候補地だった新潟市は、原爆の被害データを測定するために模擬爆弾による攻撃を受けていなかった。五十発で四百人の犠牲者を出したという。通称『パンプキン爆弾』。新潟県長岡市にいたこの男は、アメリカ軍が原爆の練習で投下したパンプキン爆弾により、全身に火傷を負って死亡したのだ。
俺は水上からこの問題を出されるまで、パンプキン爆弾の存在を知らなかった。というか、今の日本国民全員にアンケートを取れば知らない人が安定多数を確保できると思う。特別な知識がないと解けない問題は、水平思考クイズにおいて良問とはいえない。悪かったのは水上か、それとも無知な俺か。ともかく、今後は竹達も大学生の端くれなのだという認識は持つべきだろうと思った。