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002話 豆と玉ねぎのスープ

やっと二話目

 嵐の翌日……前日の雨が嘘のように、迷宮都市ロベリアの空は、カラっと晴れ渡った上天気だった。


 大家である少女――リコットは、朝早くから長屋の周りを散歩しながら、嵐による損害を確認してまわっていた。


 ひと通りのチェックを済ませた彼女は、二階建ての古めかしい我が家を見上げ、とても満足げな表情だ。


「よしっ! 今回は大した被害はなかったみたいね」


 嵐が来る前に、ちゃんと準備をしていた甲斐があったというものだ。


「さてと……そろそろ朝ごはんの準備をしなきゃ」


 そう呟くと、水はけが悪い地面にできた水たまりを軽やかに飛び越え、馬小屋(馬はいないが)の中に入っていく。


「――よいしょっと」


 小屋の中に建てつけられた棚の薪を、背伸びをしながら引っ張り出して小脇に抱え、反対の手で吊るしてある玉ねぎを器用にヒモから取り外し確保する。


「ヒラマメは台所にあったはずだから……朝は豆と玉ねぎのスープでいいかな」


 馬小屋から外に出ると、すぐに中庭の家庭菜園にたどり着く。持っていた玉ねぎをスカートのポケットに突っ込むと、生えているネギを物色しながら、魔力を少しだけ手に集める。


「うんうん、良く育ってるね~……よし、これがいいかな?」


”パシンッ”


 何かが弾けるような音がして、リコットの手の中のネギが根元から切断される。そのまま刈り取ったネギを掴みあげて、彼女は台所の中へと入って行った。


「ふんふふ~ん♪」


 リコットは料理が好きだ。


 亡くなったリコットの母親も料理が好きな人だった。小さな頃から母親の家事手伝いをしていた彼女の料理の腕は、若い(幼い?)ながらになかなかのモノになっていた。


 鼻歌を歌いながら食材をテーブルに並べると、今度は突き出した指先から小さな炎を出してかまどの中の薪に火をつける。すぐに薪は燃え上がり、大きくなった炎が、かまどの上に乗っている鍋の尻を炙り始める。


 熱されてうっすらと煙があがりはじめた鍋に油を張ると、森から採ってきた野生のニンニクと玉ねぎを刻んで放り込む。


 にんにくの匂いが染み出した油で玉ねぎを炒める。玉ねぎが飴色に色づき始めて良い匂が漂い始めると、カップで一掬いした平らな形をした豆と、ひたひたになる程度の水を鍋の中へと流し込む。


「あとは、柔らかくなるまで煮込めばよし! あの一文無しもそろそろ起きてくる頃かな?」


 粗方の作業を終えたリコットは、手に持ったオタマで軽くかき混ぜながら昨晩のことを思い出していた。




 昨夜のおかしな事件の後、不法侵入の不審な男”椎名誠人(シーナ=マコット)”は、長屋の共有スペースである居間(リビング)に宿泊していた。


 家賃の滞納なんて日常茶飯事の、問題だらけの不良住人たちですら追い出せないような彼女だ。いくら不審人物とはいえ無一文の人間を、夜の嵐の中に放り出すという選択肢は取れなかったのだった。


 今は隣の部屋に椅子を並べて作ったベッドで寝ているはずだ。


 昨晩あの後、ずぶ濡れになって冷えてしまった身体を居間の暖炉で温めながら、男の身の上話を聞いたのだが……どうやら男は"王都アルスト"から”迷宮都市ロベリア”に仕事を探してきた移住者のようだった。


 数日前にロベリアに到着し、新しい住居を探していたらしいのだが……安い家を紹介してくれるという話に騙されて、有り金を全て巻き上げられたのだという。


 無一文になって途方に暮れているところを雨に降られてしまい、雨がしのげる場所を探し回っている間に、リコットの住む長屋に迷い込んでしまったということらしかった。


 そんな話を聞いて、人情に厚い大家さん”リコット=バーティ”が、無一文の行き倒れ候補者”シーナ=マコット”を放っておけるわけがなく……リコットは、ずぶ濡れのシーナに着替えを持ってきて、暖かい飲み物(お湯)を出して、居間で寝ることを許可したのだった。


 そのやりとりの途中の会話で、シーナがこの長屋を寝床に選んだ理由を、「ボロくて誰も住んでいないと思った」と言ったときにビンタを見舞ってしまったが、その程度はご愛敬だろう。




「そろそろ良いかな?」


 グツグツと煮立っている鍋の中身をオタマで一掬いし、豆を一粒摘まみ取り食べてみる。茹で加減は丁度いいようだ。


 それから塩で味付けをし、最後に刻んだ香草を上から散らせば、豆と玉ねぎのスープの完成だ。


「ふぅ、スープはこんなもんだね……」


 スープが出来上がり一息ついたところで、背後に人の気配を感じる。リコットが振り向くと、白髪頭の男が丁度入り口から入ってくるところだった。


 そのおじいさんは、さも当たり前といった感じでテーブルの椅子に腰掛けて、彼女に話しかけてくる。


「なんじゃ、今日は豆のスープかい? それじゃあパンは小麦の白いパンかの~」


 顎に蓄えた髭をいじりながらご飯の催促をしてくるおじいさんは、引きこもりのアーロンさんだ。


「急にそんなこと言ったって、白パンなんて贅沢品ウチにはないよ」


 いつもは呼んでもなかなか部屋から出てこないくせに、ご飯を作っているといつの間にか現れるのだ。運動不足のせいで突き出た大きな太鼓腹が、動きにあわせてユサユサと揺れている。


「じゃけど、せっかくの目出度(めでた)い日だというのに、なんも無しというのは寂しいじゃろ?」


「めでたい?」


「そりゃあ嬢ちゃんが大人になったお祝いじゃよ。こういう節目はちゃんとお祝いしないとイカンからな」


 引きこもり過ぎてボケてしまったのか、アーロンは意味の分からないことを言っている。


「そりゃあ今年で私も15だけど……今からお祝いするのは、ちょっと気が早いんじゃない?」


 リコットは現在14歳である。このあたりの地域ではその年に15歳になる人間を集めた成人のお祝いが、冬になると行われているのだが……まだ初夏である今からお祝いをするというのは時期尚早だろう。


 アーロンが何を言っているのか分からなかったリコットは、とりあえずジジイを無視していつも通りに黒パンを薄くスライスしていく。


「そんなに照れなくてもいいんじゃよ。ワシが若い頃は成人まで待たずに~というのも珍しくはなかったんじゃ。そういうのは年齢じゃないんじゃよ、愛があるかどうかが大事なんじゃよ」


 「愛じゃよ愛」と繰り返すアーロンに、「ふ~ん、愛ねぇ~」と適当に相槌を返しながら、リコットはかまどの熾火(おきび)を火かき棒でならして火加減を調整し、薄く切った黒パンを炙っていく。


「しかしのぉ、嬢ちゃんが年上好きじゃったとは知らんかったの。いやはや、なかなかの年齢差に見えるがのぉ……」


「ん? 年上好き?」


 しばらくはアーロンの言う事を、聞き流していたリコットだったが、勝手に自分を年上好きだと決めつけてくる発言は、流石に聞き捨てならない。どこからそんな話が出てきたんだと、アーロンに聞き返す。


「なに? 私が年上好きってどういうこと?」


「父娘ほど年が離れとるだろうに……居間で寝とる男は嬢ちゃんの”いいひと”なんじゃろ?」


 アーロンの”いいひと”発言に、ピシリと凍り付いたように動きを止めるリコット。


「いや~もうじき成人じゃというのに、今まで浮いた話のひとつもないから心配しとったんじゃが、いらん心配じゃったようじゃなぁ」


 いや~よかったよかったと、ニコニコ顔のアーロンじいさん。


 それとは対照的に、イヤな汗が出てきたリコットは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


「ちょ、ちょっとまってアーロンさん。居間のあの人は、そういうのじゃないから!」


「うんうん、いいんじゃよ、わかっとるから。ほれ、コレで晩飯は豪勢に祝っとくれ」


 そう言ってアーロンは、リコットへと銀貨を渡してくる。


 今月の家賃はまだ払ってないくせに、なんで銀貨なんて持ってるんだこのジジイ! と憤慨しかけたが、とりあえず貰えるものは貰っておく。


 銀貨をしっかりとポケットにしまった後、居間で寝ている男について説明をしたのだが……




「わかっとるよ、そういうことにしておけば良いんじゃな?」


「だから! そうじゃなくて……」


「昨日は嵐じゃったし、部屋の外の事はなんにも聞こえなかったから。ワシ、な~んにも聞こえとらんから!」




 まったくわかってくれなかった。

……むずかしい

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