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001話 少女、不審なおじさんを拾う

新しく書き始めてみました

 迷宮都市”ロベリア”


 天高くそびえる謎の建造物”塔の迷宮”を中心に、発展し広がっていった街並みを、巨大な城壁によって取り囲んでるこの都市のことだ。


 その城郭の中、迷宮探索者が多く集まる西区に、煩雑に建ち並ぶ集合住宅群があった。


 そこから更に西に進むと、貧乏人たちが寄り添って暮らす城壁沿いの日陰の土地がある。


 そんな街の(はし)っこに、そのオンボロ長屋はひっそりと建っていた。






 蝋燭(ろうそく)の灯りで照らされた薄暗い部屋の中で、少女はチクチクと内職の裁縫仕事をこなしていた。


 暗い時間に針仕事をやると、灯りに使う油が勿体ないのだが、この仕事は明後日までに仕上げて持って行かないといけない。


 無理をしてでも、今日中にある程度作業を進めておかなくてはならないのだ。


 せっかく定期的にもらえている仕事なのに、納期を守れなければ依頼主から不興を買って仕事がまわってこなくなってしまうかもしれない。


 そうなっては一大事だ。信用第一、堅実に次につながる仕事が彼女のモットーだ。




 昼過ぎから降り始めた雨はどんどんと勢いを増していき、屋根を叩く雨のバタバタという大きな音が、部屋の中に響いていた。


 もう外は暗くなっているというのに、いまだに止む気配はなく、むしろ日が暮れてからは強い風が吹きはじめ、嵐は激しさを増していた。




「はぁ~、明日は森に薬草採取に行きたかったのに……雨止むかなぁ」


 そう愚痴をこぼした少女は、一区切りついた仕事をテーブルの上に置いて一息つくことにした。


 脇に置いていたカップの中身を一口飲む……もうぬるくなってしまっているそれはただの水だ。


 もう随分と前からお茶の葉なんて買っていない、喉を潤すだけなら水で十分だ、贅沢は敵なのだ。




「みんなが部屋代をちゃんと払ってくれたら助かるんだけど……あの調子じゃあ無理だろうなぁ~……」


 そう独り言をつぶやきながら、雨の湿気のせいでいつもよりハネている赤い癖毛をかき上げる。


 ここの長屋の住人はワケありの食い詰め者が多く、安定した収入が期待できない者たちばかりが集まっていた。


 そんな中で長屋の維持をするためには、内職をもらってきたり外へと仕事に出たりせねばならず、管理人の彼女はなかなか大変な生活を送っているのだった。




 少女は飲みかけのカップをテーブルに置くと、一人で住むにはちょっと広すぎる部屋を見回す。


「ホント、さっぱりしちゃったなぁ。もう売る物なんて部屋にないよ……」


 お金のために少しずつ売り払ってしまった部屋の家具は、もう殆ど残っておらず、がらんとした部屋の中はとても寒々しい。


 彼女の財布の中も同じようなありさまだ。




 数年前までは、この建物も多くの人間で賑わっていたこともあったのだが、それはもう遠い昔の事の様に思える。


(あの頃はお母さんも、おじいちゃんもいて、クランの人たちも沢山いて……毎日がお祭り騒ぎみたいだったのに……)


「グスッ……」


 暗いなか一人で昔を思い出すと、寂しくなって涙が溢れてきてしまう。


 次から次へと、楽しかった頃の記憶が思い起こされて、目の前がどんどんと滲んでいく。


「うぐぅっ」


 少女は俯いた姿勢のまま両手をぎゅっと握り、天井を見上げて涙が零れるのをぐっとこらえる。


 それから大きく息を吐きだして、肺の中に篭った熱い空気と一緒に、悲しい気持ちを身体から追い出した。


「はぁ~~~~~っ……よしっ!」


「いけない、しっかりしなくちゃ! 昔を思い出して泣いていたって銅貨一枚にもならない、早く今日の分の仕事を終わらせちゃおう!」


 そう気合を入れ直し、少女がテーブルの上に広げていた針と布を手に取った瞬間……部屋の外で大きな物音が鳴った。


 "ガタガタッ!"


「きゃぁっ! あっ、痛っ!」


 驚いた拍子に、持っていた針で手を刺してしまう。


 針が刺さった指の先に、ぷくりと血のしずくができて、どんどんと大きくなっていく。


「あぁっいけない、布に血がついちゃう!」


 急いで布から離した手の指先から、零れ落ちた血が床へぽたぽたと落ちて、真っ赤な点を作っていく。


「はぁ~よかった……」


 あやうく縫物をダメにしてしまうところだった。


 だが、ほっとしたらさっきの物音を立てた原因に腹が立ってくる。


「もうっ最悪! 誰よ一体!」


 怪我をした指を口に咥えながら、勢いよく椅子から立ち上がりドアの前まで勢いよく歩いていく。


 しかし、少女は途中でその足を止め、今夜この長屋にあんなに大きな物音を立てるような人物が残っていないことに気付いた。


 いま長屋にいるのは、病気で寝たきりのベルさんと、長いこと部屋から出てこない引きこもりのアーロンさんだけだ。


 普段から部屋の外に出てくることも稀なあの二人が、こんな嵐の夜にわざわざ外に出て、管理人室の近くまでくるだろうか?


「も、もしかして泥棒……それとも強盗!?」


 そういえば、仕事先で仲良くなったおばさんが、最近は物騒な事件が多いと言っていた気がする。


「ど、どうしよう……」




 この迷宮都市ロベリアは、ここ数年の間でどんどんと景気が良くなっていた。


 しかし、その好景気に群がるように地方から出てきた人間の全てが仕事にありつけたわけではない。


 大勢の人間が仕事にあぶれていたし、浮浪者となった者も少なくなかった。


 成功した一部の迷宮探索者や商人の、華々しい姿に隠れて見落とされがちだが、都市の治安は昔よりも悪くなっているのだった。




 ただでさえギリギリの生活をしているというのに、強盗が押し入ってくるなんて……いったいこの家から、これ以上何を持っていこうというのだろうか?


 そんな理不尽な状況に腹が立つ……でも、それ以上に強盗に何をされるのかわからないという恐怖のほうが大きかった。


 しかし、少女がこのまま逃げ出してしまったら、残っている住人二人ではきっと暴漢にまったく対処できないだろう。


「怖い、けど……大家の私がちゃんと安全を確認しなきゃ」


 住人からは家賃をちゃんと貰えていないというのに、大家として店子を守ろうという責任感だけはしっかりとある少女だった。


 逃げ出してしまいたい気持ちをぐっとこらえて、暖炉の横にある火かき棒を手に取り両手でしっかりと握りしめる。


 ずしりとした鉄の重みが僅かな安心感を与えてくれた。これならなんとか武器になりそうだ。


 薪の節約をしていた為に、随分と使われる頻度が減った暖炉だが、火かき棒は売り払わなかったのだ。


 なんというファインプレー、あの時の自分を褒めてやりたい!


「よし、落ち着け私、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」


 そう自分に言い聞かせた少女は、ゆっくりとドアを開けて部屋の外へと出ていった。




 外は相変わらずの土砂降りだ。吹き寄せる雨であっという間に下着までビショビショになってしまった。


 寒さと恐怖で少女の手が震える。


「つめたぁ……」


 最近は暖かくなってきたとはいえ、初夏の雨はまだまだ冷たい。


 その震えをなんとか気合で押さえ込んで周囲を見回すと、暗がりを照らす微かな灯りが見える。


 あっちは馬小屋がある方向だ。

(馬自体はずいぶん前に、借金のカタに持っていかれてしまっているが……)


 気配を殺しながら近づき、その小屋の中を慎重に覗き込む。


「……」


 そこには、びしょ濡れになった一人の男が、ガタガタ震えながら地べたに座り込んでいた。


 暖を取る為だろうか? 魔法で出していると思われる小さな炎を、突き出した両手の先に灯している。


 この地方では珍しい、黒髪黒目の男だ。


 着ている服は小奇麗で、喰い詰めの浮浪者といった風ではない……ひょろっとして生白い、苦労知らずの若旦那(年齢は、そう若くはなさそうだが……)といった風体だった。


 小さな灯りをつくる程度の魔法は使えるようだが、強い魔法使い特有の雰囲気は全く感じられないし、この距離なら多少魔法が使えても発動する前に対処できるだろう。


 少女はこう見えて、そのへんの低ランク探索者になら負けない程度には腕に覚えがあった。


 最悪、コイツとなら取っ組み合いになってもどうにかなる。そう考え馬小屋の不審者に声をかけることにした。




「ちょっと……」


「……」


 返事がない。


「……ねぇ」


「…………(ぶつぶつ)」


 何度か声をかけてみるが、雨音のせいで聞こえていないのか、男は手の中の小さな炎をじっと見つめ、なにか独り言をつぶやいている。


 濡れた髪から滴る雨と、夜の闇の様な真っ黒な瞳があいまって、いっそう不気味に見える。


 このまま気付かれないうちに、手に持った火かき棒で打ち倒してしまおうかという思いが脳裏をよぎったが、まだ何もしていない人間を、一方的に叩きのめすというのは流石に気が引ける。


 なんとかコンタクトを取ってみようと、大きな声で問いかける。 


「ちょっとアンタ! こんなところで何してるの!」


「っふぁっ!」


「……ふぁ?」


「ぅあっつ!」


 少女の声に驚いた男は、魔法の炎で手を焼いてしまったらしく、バタバタと手を振りながら慌てふためいている。


「ちょ、ちょっと大丈夫?」


「な、なんとか……どうもすいません」


 そう答えた男は申し訳なさそうな顔で少女を見上げている。


「それで、ウチの馬小屋で一体何をしてるのよ!」


 手に持った火かき棒をチラつかせながら不審者を睨みつける。


 どうやら強盗ではなさそうな雰囲気だが、こっちは女一人なのだ。ここで弱みを見せるわけにはいかないと少女は強気に出る。


「馬小屋……?」


 少女の発言に、(こうべ)(めぐ)らせて小屋の中を確認した男は、ボソリと呟いた。


「馬もいないような馬小屋で悪かったわね!」


「い、いえっ、その……す、すいません」


 不機嫌になった少女の様子に、男は慌てて両足の膝を揃えて座り直す。


 両手は太ももの上にのせて、頭を低くたれている。


 なんなのだろうか、その変な座り方は? とても足が痛そうだ。


 そんな様子の男を見下ろしながら、少女は嘆息する。


「はぁ……もういいわよ、押し入り強盗ってわけじゃないみたいだし」


「ご、強盗だなんて、とんでもない!」


 強盗という単語に、必死に首を横に振って否定する男。


「アンタね……夜中に人様の家に忍び込んで、魔法の炎をチラつかせてたんじゃあ、強盗扱いされたってしょうがないでしょ」


「はあ……」


 いまいちわかっていなさそうな男に、少女は諭すように話しかける。


「街中での、無許可の魔法の使用と武器の抜刀行為は、どこの街の規則でも禁止されてるじゃない。違反したら衛兵に連れてかれて牢屋に入れられるなんてこと、子供だって知ってるわよ」


 少女の脅しに男の顔色はどんどん悪くなっていく。


「そ、そんな! 今、牢屋になんて入れられたら……な、なんとか許してもらえませんか?」


 実際は魔法も武器も、私有地での使用は多少目をつぶられるのだが……夜中に他人の敷地内でというのがよろしくない。


 しかし、少女は衛兵に突き出すつもりはない様子だ。


「別に……そんなことしないわよ」


 そう言って、不安そうに座り込んでいる男から視線を逸らした。


「どうせアンタ、文無しで泊まる場所もなかったってところでしょ」


「……はい」


「見た所そんなに貧乏な暮らしをしてたってわけじゃなさそうだけど、ロベリアに来てからスリにでもあったんじゃない?」


「そ、そんな感じ……です」


「はぁ~~~……なんでウチにはこんな人間ばっかり集まってくるのよ」


 地面に向かって特大の溜息をついた少女は、男に聞こえる声で独りごちた後、なにかを決心したような表情で……しかし、”私不機嫌です”という感情も織り交ぜた、器用な表情をしたまま男を睨みつけた。


「アンタ!」


「は、はい!」


「名前は?」


「は、はい?」


「名前よ、名前! なんていう名前なの?」


 雨に濡れて肌に張り付いた赤い髪の毛をかき上げて、少女は目の前の不幸で無害そうな男に向かって、繰り返し誰何する。


「私はリコット、この長屋の管理人よ。アンタの名前は?」


「……管理人?」


 いぶかし気に少女――リコットを見つめる男の目からは「こんな子供が?」という懐疑心がありありと(うかが)えた。


「何? なんか文句ある?」


「い、いえいえ! 文句ないです」


 リコットは形の良い眉を眉間(みけん)に寄せて、むっとしたままの顔で質問を繰り返す。


「それで、アンタの名前は?」


「し、椎名(シイナ)です。椎名誠人(シイナマコト)


 リコットは腕を組んだ格好で、男を――椎名を睨みつけたまま呟いた。






「ふ~ん……シーナ=マコットね……女みたいな名前だね」


「…………」

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