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支援魔法士は戦場を支配する  作者: るちぇ。
第1章「支援魔法士の日常」
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第3話「支援魔法とは」


 聖グリモワール大学は知識の探求を目的として創設された学校だ。蔵書数は他大学の比ではなく、王宮並みの図書館を3つも所有している。

 その内装は豪華だ。レッドカーペットの敷かれた通路、シャンデリア、名高い美術品の数々。まるで舞踏会場か何かである。

 広々とした読書スペースのテーブルをひとつ占有する形で俺たちは座った。対面にいるのはゼノビア先輩だ。


「いつも本当にありがとうね、時間を割いてくれて」

「いいえ。こちらこそ、お役に立てるのであれば光栄です」

「光栄なんて……何だか恥ずかしいな」


 真っ直ぐに見つめられている。いつもそうなのだが、先輩は顔を赤らめたり目を反らしたりしない。大体、俺の方が根負けする。

 まったくもう、と毎度ながら思う。ネイとはまた違った意味で自覚して貰いたい。自分がいかに目立つのかを。

 先輩はエルフみたいに美人で、前々から人気はあったらしい。ただ歩いているだけで誰もが振り返ってしまう位に。それに加えて今は特待生に選ばれ、先日は第13階層突破の快挙。どんどんファンが急増すること間違いなし。

 そんな大スターと一緒にいて、傍から見ると見つめ合っている状態だ。この大衆の面前で。


「……はは」


 痛い。視線が。あちこちから突き刺さるような目が向けられている。


「くそ……ガリ勉の分際で」

「あぁ、実技じゃごみクズなのによ」


 俺は地獄耳らしいな。聞かなくてもいい罵詈雑言まで入ってくる。

 思わず苦笑いしてしまうと、先輩が不思議そうな顔をする。


「どうかした? 具合でも悪い?」

「い、いえ、何でもありません」


 当の本人は気付いているのか、いないのか。いつも平然として、今だってそうで、一度も取り乱した場面なんて見たことがないから、全く想像できない。

 まぁ、俺が自意識過剰なのかもしれない。先輩と俺じゃ釣り合わない。どう見ても先輩後輩の関係だ。実際そうだ。だから、別に俺へ向いていない何でもない他人の目を気にしているのかもしれない。

 改めて周囲を見てみる。


「死ねよ、ガリ勉野郎」

「ただじゃおかねぇぞ、糞が」


 そんな恐い事を言いながら、目を吊り上げてバッチリ睨んでくれる集団があちこちにいる。つまり、やっぱり俺は居心地が悪い。


「お茶でも飲む? 淹れようか?」

「あの、ここは飲食禁止です」


 思わず笑ってしまう。

 俺を気遣って冗談を言ってくれたんだろう。本当に優しい先輩だ。

 それはそうと、こんな不毛なやり取りを続ける訳にはいかない。先輩は多忙な人だ。早く用件を済ませてしまわないと。


「余り雑談していては先輩の貴重な時間が勿体無いですね。早く始めましょうか」

「わかった。お願いします、先生」

「後輩じゃないですか、俺。先生なんて滅相もないです」

「ううん、教わる以上は先生だよ」


 このやり取り、何度目だろう。でも仕方ないじゃないか。何度言われても慣れないんだから。

 それはさておき、今日は何を説明しようか。エンチャントのコードはまだ出せる状態じゃないし、ヒールに関しては一通り説明してしまった。

 ……ネタが無い。困った。


「どうかした?」

「いえ、何を話そうかと思いまして。実は、今日は新しいコードを教えて貰っただけで、これといって講義は受けていないんですよ」

「私も見たいな、そのコード」

「いいですけど……」


 先輩もヒールについて深く理解している。コードを見ただけで何の魔法かわかるかもしれない。今日は本当にこの気付き以外に何も無かったから、詳細を秘密にして出してみよう。

 プリシア先生に放られた紙を差し出してみる。


「これなんですが、何の魔法だと思いますか?」


 先輩が食い入るように見る。何も言わない。聞いてもこない。今頃、頭の中で高度な思考を巡らせているんだろうな。

 それから1分ほど経って、先輩から質問が出始める。


「これは……支援魔法だよね?」

「はい、そうです」

「対象は敵、味方を問わない。味方にもかかるんだから、負の効果、例えば能力低下みたいな効果ではないと思うんだけど、どうかな?」


 対象からそこまで推測するとは。それに、例えに能力低下を挙げるあたり、ステータスアップに似ていると気付いたのだろう。

 これが才能の差かと痛感させられる。俺は朝から晩まで支援魔法の勉強をできる。一方、先輩はそもそも騎士であり、生徒会役員としての仕事もある。忙しい中で何とか確保した時間で勉強しただけなのに、そこまで分かってしまうとは。

 後は自由度に気付けるかどうか、か。複雑な気分だ。尊敬する先輩だから気付いて欲しいとも思うし、反対に負けたくないとも思うし。

 とにかく今は、その気付きを肯定しよう。


「そうですね。このコードだけで弱体化はしないです」

「良かった。そうなると……あ、もしかして、エンチャント?」

「正解です。凄いですね、先輩」


 こうまで早く解読されると悔しいな、先輩は騎士なのに。あ、正確には聖騎士なんだが。

 聖騎士とは、先輩が先駆者となっている支援魔法も使う騎士だ。硬い防御力に自己治癒で更に磨きをかけて、敵を圧倒するのがコンセプトらしい。

 騎士とはいえ支援魔法を使うのだから、本職の俺と同等以上の理解ができても不思議ではないか……いや、同等なんて身の程知らずか。この人はそのくらい高みに立っているのだから。


「えっと、お菓子でも食べる?」

「だから、ここは飲食禁止ですってば」


 落胆が顔に出ていたのだろうか、先輩がまた気遣ってくれた。

 いけない、気持ちを切り替えよう。残念がるな、むしろ良い事じゃないか。

 何度も言うが、俺以外に支援魔法を学んでいる生徒はほぼいない。本来、ライバルは皆無。しかし先輩は俺と同じかそれ以上のレベルで支援魔法を理解している。更に言えば、ネイと誓った超えるべき人でもある。ライバルであり高い壁という訳だ。

 ――上等じゃないか

 もっともっと勉強して、いつかきっとこの人を超えてみせる。


「聞いてもいいかな?」

「はい、何でしょう?」


 おっと、また先輩を放置してしまった。なんて無礼なんだ。先輩が時間を割いてくれていると、もっと自覚しないと。


「エンチャントの魔法をもう組み上げたの?」

「まだです。1週間以内に仕上げるようにって言われましたが」

「参考文献、一緒に探そうか?」


 そういえばここは図書館だ。隈なく探せば多少はエンチャントに関する本が見付かるかもしれない。

 ただ、少し迷う。最初から探すのはどうかな。

 短時間で仕上げるだけなら良いかもしれない。でも先生に求められているのはエンチャントの使役ではなく、本質の理解だ。既存の魔法式を一度でも見てしまえば思考が引っ張られる可能性もある。それに何より、先輩に手伝って貰うのは恐れ多い。いろんな意味で。


「まずは自力で頑張ってみますよ」

「そっか……分かった。頑張ってね」

「はい!」


 今日はこんなところか。

 お開きにしましょう。そう言うとした時だった。


「相変わらず不合理な事をしているのね、貴方」


 後ろから声をかけられる。この声はあいつか。

 どう反応したものか。邪見にしたくはないけど、何度説明しても理解を得られそうにない。ここはいっそ無視してみるのも手なのかもしれない。


「先輩、今日のところはお開きにしま――っ!?」


 頭を持たれたと思った次の瞬間、強引に横へ向けられた。

 痛い。首が折れるかと思った。

 それよりも困ったのは、犯人の顔がもの凄く近いこと。もう数センチ近付けば鼻がくっ付くだろう。


「私を無視するとは良い度胸じゃない! 今日という今日は許さないんだからね!?」

「流石はノエル様! 人目もはばからずキスですね!」

「そうよ! 今日という今日こそキスを……って違うわよっ!」


 今度は突き飛ばされた。

 理不尽過ぎる突然の暴力だが、これは予測済み。しっかりと受け身を取らせて貰う。うん、慣れたものだ。

 起き上がろうとすると、


「大丈夫、シン君?」


 先輩が駆け寄ってくれて、抱き起してくれた。本当に優しい。誰かさんとは大違いだ。


「はい、いつもの事ですから」

「そ……そうなんだ」


 事実、俺は魔法士なのに綺麗な受け身を取った。要らない修行の成果と言える。

 ところでこの身なりはお嬢様なのに狂暴な女生徒はノエル。基礎過程からの同級生で、優秀な魔法士だ。有名な魔法士の家系の出らしい。

 その隣のさっき余計な一言を挟んでくれたのは、ノエルの侍女をしているシャノンだ。本当に良い性格をしている。

 ノエルは顔を真っ赤にしてシャノンに食ってかかっている。


「ち、ちょっと、シャノン! わ、私がシンにキスするなんて馬鹿じゃないの!?」

「申し訳ありません。昨夜読んだ本のワンシーンがふっと浮かびまして」

「そ、そうなの? 仕方ないわ、今回ばかりは許してあげる」


 無い胸を張って偉そうにするノエル。あの説明で納得したらしい。

 本当にそんな本を読んだのか怪しいところだが、仮に事実だとすると、恋愛小説に違いなく、そのキスシーンだ。登場人物の心情は想像に難くない。それがダブって見えたということは、ノエルの奴、俺に恋していると指摘されたようなものに。


「何か言いたげね、シン?」

「滅相もない」


 教えてやったら泥沼だ。触らぬ神に祟りなし。


「ノエル様、ご用件があったのでは?」

「そうよ! 貴方、まだ支援魔法に固執しているの!? いい加減に目を覚ましなさい!」


 やはりその話か。耳にタコができそうだ。

 聞こえない振りをしたいところだが、ノエルはまた身を乗り出すようにして迫って来る。


「いい? 貴方はこの私に土をつけたのよ? 勝ち逃げは許さないから!」

「もうお前の方が優れた魔法士だ。何度も認めただろう?」

「白黒ハッキリしていないじゃない!」


 困ったな。昔は同じ魔法士として張り合った仲だけど、今は分野が違う。ノエルは攻撃魔法を主とするオードソックスな魔法士、俺は支援魔法士。真正面から撃ち合う事ができず、かといって向こうは支援魔法なんて使えない。勝ち負けの判定なんてできない。だから負けを認めているのに、一向に聞き入れてくれない。

 どうしたものかと考えていると、


「とーうっ!」


 後ろから何かが飛び付いて来る。この感触、そして声は1人しかあり得ない。一応振り返って確認する。うん、やっぱりネイだった。

 見ると、ベッタリと制服が張り付いている。汗だくだ。この格好で過酷なトレーニングをしていたのだろう。まぁ、服を着ているだけマシと思っておくか。


「やっほー、ノエル。シンは僕のだからねー?」

「何を呑気に……って」


 ――あ

 自然過ぎて何とも思わなかったけど、ノエルたちはどうだろうね。楽しみだね。

 恐る恐る目を向ける。うん、耳まで真っ赤にしてプルプル震えている。爆発寸前だ。


「え、えーと、これは――」

「――な、なな、何くっ付いてんのよ!」


 起爆した。烈火のように怒られる。


「あ、貴方たち、ここをどこだと思っているの!? 第一、人前でいちゃつくなんて人としてどうなのよっ!」

「え、えーと……」

「何とか言いなさいよ、何とかぁっ!」


 首根っこを掴まれて揺さぶられる。目が回る。気持ち悪い。かといって抵抗する訳にもいかない。全面的に悪いのは俺たちだし。早めに落ち着いてくれるのを祈るのみ。もしくはシャノン辺りが助け舟を出してくれるかどうか。


「あらあら、まぁまぁ」


 何があらあら、まぁまぁだよ。こちとら頬にキスまでされて大変……って、あれ?

 頬にそんな感触があった。気が付くとノエルから解放されていて、代わりにネイがまた引っ付いていて、頬に唇が。


「ね、ねねね、ネイッ!?」

「もー、逃げないでよー。見せ付けてやらないとー」


 そんな可愛げに抗議されても困る。ほら、ノエルなんてフリーズしたのか、口を魚みたいにパクパクさせているぞ。どうやって収拾付けるんだよ、これ。


「シン君、その、ちょっと破廉恥だと思う」


 先輩、俺も同感です。頼むからどうにかして下さい……って言える立場じゃないよなぁ。

 まぁ、ノエルが硬直したんだ。事態は多少好転している。これはこれで良しとするか――


「……あ」


 失念していた。ここは図書館。生徒たちが多数いる場所。こんな大衆の面前でこの恥態。気が付くと、俺は注目の的だった。とても鋭利な視線がグサグサと刺さっている。

 なんて素敵な居心地なんだ。涙が出そうになる。

 何とかしなくては。

 とにかくネイから離れて――って、無理である。身を捩ってもビクともしない。俺は魔法士、ネイは拳闘士。筋力で勝てる訳がなかった。

 打つ手無し。

 底知れない絶望を感じていると、シャノンがやれやれといった様子で動き出してくれる。


「ノエル様、ノエル様。見せ付けられましたね。完敗で宜しいですか?」

「よ、よろろ、宜しくないわよっ! あぁ、もう! 何の話をしていたのか忘れたじゃない!」


 ノエルが復活した。まだ顔はトマトのように赤いままで、鼻息は荒いままだけど、ネイにピシリと指をさす。


「えー、それ、僕のせい?」


 ネイは唇を尖らせる。

 ネイからすれば愛の営みを邪魔された訳で、不満を言うのも仕方ないのかもしれない。ただTPOが壊滅的に駄目なだけだからな。たったそれだけだもんな、ネイからすれば。

 ただ、これで何になる。ノエルが出直してくれるとでも。


「貴女のせいでしょう!? はぁ……調子が狂ったわ。帰るわよ、シャノン」

「はいはーい」


 なん……だと。ノエルが帰るだって。助かった。あ、助かったと言うと語弊があるな。別にノエルが邪険な訳じゃない。一緒に魔法を磨き合った大切な友人なんだ。きちんとした場でなら大歓迎。でも今この場は最悪。ただそれだけ。それだけなんだと心の中で謝りながら背中を見送る。

 その途中、シャノンがウィンクしてきやがった。

 あぁ、そうだね。着火から火消しまでこなすなんて侍女の鑑だよ、くそ。


「皆さま、お騒がせしましたー」


 本当にな、と心の中で突っ込んで2人を見送る。

 何はともあれ嵐は去った。ドッと疲れた。思わず椅子にもたれかかってしまうと、ネイは満足したのか離れてくれた。これで万事解決――とはいかない。すぐに横へ椅子をビタ付けされて、ピッタリと寄り添われる。


「シン君、その……何て言ったらいいのか分からないけど、頑張って?」


 流石の先輩も困惑している。そうだよね、当事者の俺ですらいまだに戸惑うんだから。

 俺はただ苦笑いしかできなかった。


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