そうですよね、アダン様
「ああ、なんということでしょう」
慌てたような声が白い花畑に吸い込まれる。声の主である初老の女は、美しい黄金色の眉を寄せた。彼女は雲一つない青天の元、ブーツが土で汚れるのも構わず進んでいく。
初老の女はその細く美しい腕を花畑の中に伸ばした。彼女の腕の先に居たのは、小さな鶯だった。淡い緑色の躰が、白い世界の中で小さく跳ねる。その羽には、治療が施された跡が見て取れた。
「駄目ですよ、まだ無理をしては」
彼女の言葉は慈愛に満ち、優しい感情に溢れていた。陶器の様に白い肌も、硝子玉のように澄んだ瞳も黄金色の毛髪も、穏やかな温もりがあった。
「さ、戻りましょうね」
彼女はそれだけ呟くと、小さな鶯を優しく抱いた。まるで赤子を抱きかかえるように。彼女は白い花畑の中で、小さな命を包み込んでいた。
初老の女は静かに歩み始め、来た道を戻っていく。白い花畑は暖かな日差しを受け、その美しい花びらを広げていた。彼女が戻る先に、小さな教会が見えた。女が花畑から出ると同時に、教会の扉が開かれた。
「あ、いんちょうせんせー!」
教会から飛び出してきた子供たちが手を振ると、初老の女は笑顔で答えた。彼女の目元には、いくつもの笑顔を浮かべた証が刻み込まれていた。笑顔を湛える彼女の周りに、小さな子供達や歳若い人々が集まる。その顔には一様に幸福な笑顔を浮かんでいた。
教会から出てきた一人の若い女が「ほら、皆戻って」と言うと、子供達は素直に教会の中に戻って行った。子供達の背中を見て、女はまた笑顔を浮かべた。
初老の女はかつて、全てを失った。
それでも彼女は歩み続ける。
一人の人間の想いを紡ぐ為に。
女も教会に戻ろうと一歩、足を動かした。
その時、一陣の風が白い花畑を揺らした。
「……?」
優しい風が女を包み、やがていくつもの花びらと共に空へと昇っていった。
彼女は花びらを目で追い、ふっと表情を崩した。
そして、笑い皺が刻まれた顔で空を見上げ、
「はい、みんないい笑顔ですね――アダン様」
空の向こうの誰かに向けて、一番の笑顔を見せた。




