神になり損ねた蟲けらたち
人ならざる二人にも限界が近づいていた。真っ直ぐに立つ事もできず、二人はおぼつかない足取りで目前の敵との距離を詰める。
『……それならば……世界をそのように……創ればいい……ッ!』
神が突き出した拳を、アダンはかわすこともできずに正面から受けた。ぐらりと体勢を崩しながらもアダンは持ちこたえ、同じように神の顔面に拳を打ちつけた。
「そんな笑顔はいらない!」
アダンの拳を顔面に受け、神はふらついたが、なんとかその場に留まり、無理に体を動かしアダンの横腹に足を振りぬいた。ぎしぎしとアダンの骨が音を立てるが、アダンは歯を食いしばり、耐え切った。
『……それが貴様の……望むものだろう!』
「違う!」
アダンも神に向け自身の脚を振るい、神の肉体も軋んだ音をあげる。赤黒い血を吐き出しながらも、神は膝をつかずに堪えた。向かい合う二人の口元から、赤い血が一筋流れ落ち、足元に小さな波紋が広がる。
『……お前は……世界を導け! それだけの器が……』
「俺は笑顔を守れなかった、誰一人! そんな奴が導いてどうする!」
アダンは頭を振り上げ、神の鼻柱に勢いよく叩き付けた。血を噴き出し、ぐらつく神だったが、倒れる寸前に踏みとどまった。
『望む明日があり、力も持っているのならば! 何故それを叶えない!』
先ほどのアダンの攻撃を再生するかのように、神は――『男』は、アダンに頭突きを振り下ろす。
『明日を望み、絶望の中で立つのが人間だ! 人形にも機械にもできないことだ!』
「……ッ」
『そうだ、その美しい人間たちを導いてやることが……』
「導く者など必要ない!」
アダンと『男』は、申し合わせたかのように、順番に拳を突き出し、叫ぶ。
「皆は、自分の、意思で生きて! 死んだ!」
『それが、なんだ!』
「そんな、皆の、笑顔だから! 好きになれたんだ!」
『それを貴様が! 守ればいい!』
「俺は! 守ることなんて、できない! だからァ!」
アダンの一撃が男の顔を歪める。男は反撃しようと腕をあげるが、拳を突き出すことは叶わず、そのまま二歩、三歩と後ずさり、膝を震わせた。
「――だから、俺はお前を倒す」
『意味が、分からん……』
「あんな世界を創ったお前を、皆の笑顔を奪ったお前を! 必ず倒す!」
『……』
「守れなくても、壊すことならできるはずだ、できなくちゃならないんだ!」
再び、アダンの拳で男の顔が歪められる。
吹き飛び、倒れ伏す男に向かって、アダンは歩を進める。
男が立ち上がると、全身の白い装甲が剥がれ落ち、漆黒の体躯を晒した。
『この……狂人がああああ!!』
男が獣のような雄たけびと共に、アダンに向けて飛びかかると、アダンの腹部を何かが貫いた。男の片腕に黒く淀んだ水がまとわりつき、刃を生成していた。口から血を噴き出すアダンの腹部を、もう一度黒ずんだ刃が突き刺さる。引き抜き、突き刺し、何度もアダンを刃が貫く。
「が……ぁ……――」
男の刃は、アダンの命まで到達した。アダンの視界はかすみ、全身の力は抜け、ぐらりと体が前へと倒れていく。このまま倒れれば死ぬ。そう分かっていても、もうアダンにはどうすることもできない。精も魂も使い果たしたのだ。もう、できる事はない――。
諦めかけたアダンの視界の端に、男の笑みが映った。
醜く歪んだ笑み。
アダンが好んだ笑顔とは、正反対の『笑顔』。
「――――――ッ!!!!!!」
アダンは歯を食いしばり踏みとどまり、男の笑顔に己の拳を叩き込んだ。完全に虚を突かれた男は、無防備にアダンの渾身の一撃を受けた。
『う……ガ……』
「ああああああッ!!」
アダンは叫び、最期の力を振り絞った。
男と同じように数々の武器を錬成し、全身全霊を込めて振るった。
大ぶりな刀で斬りつけ、
巨大な包丁を叩きつけ、
大針と糸で自由を奪い、
長銃で体に風穴を開け、
うねる炎を巻き起こし、
巨大な拳で殴り飛ばし、
無数の矢で全身を貫き、
手甲を纏う拳で殴った。
神になり損ねた蟲けらたちの、生きた証が、男の――『神』の体に刻み込まれた。
『…ウガ……ァ……ッ!』
「――――ッ!!!!」
アダンは腕を突き出し、瀕死の神の頭蓋に己が指をめり込ませた。
抵抗する神を逃さぬように、全身に持てるだけ全ての力を込めた。
全身を駆け巡る最期の力は、神の頭を掴んだ腕に集約されていく。
『ウ……グゥウ……ッ!!!』
「ああああああああああああッ!!!!!」
彼の叫びに共鳴するように世界が震える。
たった一人の『人間』の叫びが、白く歪んだ世界を震わせる。
一人の人間は、その手に、己の存在すべてを賭けた。
そして、人間は――。
アダンは『神』の頭蓋を握り潰した。




