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いい加減諦めろ

 アダンは吹き飛ばされながらも、神から目を離さなかった。ぐるりと体を回し、地に足をつけると、その場に踏みとどまった。後方に流されそうになる上半身を前へと振り戻し、アダンは再び、遠く離れた神の元へと駆けた。


「――おおおッ!」

『……いい加減……諦めろ……』


 神が頭上に手をかざすと、足元の水面から黒く澱んだ水流のようなものが集まり始めた。それはやがて神の頭上で巨大な球体となった。神がその指をわずかに動かすと、球体からいくつもの流れが飛び出し、龍のようにうねりながらアダンに襲い掛かった。

 襲い来る水流はただの水の流れではないことは、アダンにも肌を駆け上る悪寒ですぐに分かった。口を開け迫る死の流れを、アダンは紙一重でかわしていく。数十にも及ぶ水流をかわしきった頃には、アダンの体力は大きく磨り減っていた。それでもアダンは動かない足を動かし、神へ駆け寄る。

 神は小さく嘆息し、天へと伸ばしていた腕を、静かに振り下ろした。一瞬の間の後に、頭上に浮かぶ水の球が、地響きと共にそのままアダンへと放たれた。


「……ッ!!」


 大きい、かわせない。そう判断したアダンは雄叫びを挙げ、迫り来る球へ飛び上がった。眼前の死に向けて、アダンは拳を突き出した。


「ぐ、ぅううがぁ……ッ!!」

 

 拳が磨り潰されていくような痛み。神の一撃を小さな拳ひとつでとめられるはずも無く、アダンの拳は水球と接したところから削られていく。アダンという存在を少しずつこの世から消し去ろうと、神の力が圧倒的な質量を持って迫る。


「う――おおおおおああああ!!」


 アダンは再び叫ぶと、両の拳を交互に突き出し殴りつけ、迫り来る死に抗った。削られようが血が飛沫こうが構わず、自身の腕で目の前の死を押し退けようと足掻いた。アダンもまた人ではない。徐々に均衡が崩れ、アダンは神の一撃を拳だけで打ち払った。


『……ッ!』

「あああああッ!」


 アダンは勢いに任せ、神へと殴り掛かった。瞬時動揺した神だったが、直ぐに冷静さを取り戻してアダンの一撃をかわし、反対にアダンの腕を掴んだ。続けて繰り出されるアダンの拳もいなし、神は上空へ飛び上がった。

 尋常ではない高度まで上昇した神は、体を旋回させ、アダンを地に向けて投げ落とした。全身に速さの圧を受け、体勢を立て直す事もできないアダンの、すぐ上を併走するように神も地上へと降下していく。

 地に叩き付けられたアダンの顔面を、神は勢いをつけたまま踏みつけた、はずだった。足元に居るはずのアダンは、神に踏みつけられる寸前に体を転がしてかわしていた。アダンは飛び起き、振り返った神の顔面を殴りつけた。


『……がッ……!』


 筋繊維がぶち切れようが構わない。アダンは無理やり体を捻り、神のわき腹につま先を突き刺した。衝撃に体を曲げた神を蹴り飛ばし、吹き飛ぶ神に追いすがり、顔面に拳を叩き入れた。頭を地面に押し付けられ、そのまま倒れ付す神の首を押さえ、何度も拳を叩き込んだ。その度に神の白く禍々しい顔面がひび割れ、ひしゃげ、表面の白い装甲が剥離し、内側に隠された黒く歪み、赤く脈打つ肉が晒される。

 アダンの拳の隙間から神が拳を突き出し、彼の鼻柱を潰した。アダンが鼻の奥からどろりと血が溢れるのを感じた瞬間に、神はアダンを跳ね除け立ち上がり、彼の横面にしなる足を振り抜いた。アダンは首から上が吹き飛ばされそうなほどの衝撃を、地面を踏みしめ耐え抜き、神の足を捕らえてそのまま神の膝を拳で砕いた。顔を歪める神のもう片方の膝へ足を振り下ろし、踏み砕く。


 本来ならば、神はその程度の傷は瞬時に治せる。先ほどアダンが殴りつけ、砕き壊した顔面の装甲も、既に形を取り戻し始めている。しかし、治しては砕かれ、治しては折られを繰り返せば、神の無尽蔵に思えた体力にも限界が来る。執拗に攻撃された顔面の装甲は歪んだまま再生が止まり、不完全な治癒しかできぬ神の足は地を上手く捉えられない。

 神はふらりと体勢を崩したが、アダンも追撃の手をすぐに打ち出すことはできないほど疲弊していた。それでもアダンはもう一度、神の顔面に拳を突き入れ、神もまたアダンに向けて幾度も拳を振るう。

 

 それはもはや戦いではなかった。

 人ならぬ者たちの潰し合いだった。


 互いの顔面に互いの拳がめり込み、意識が薄れる。それでも二人は、後ろに倒れ込みそうになるのを、ふらつく足取りでなんとか耐える。そうして顔を上げ、ぜいぜいと息を吐き出しながら、相対する男を睨みつける。


『……ここまでの、力を持って……何故……』

「俺、は……だ……!」

『……何……?……』

「俺は……ただ――」

『……?……』


「笑顔が見たい、それだけだ」


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