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全部終わらせに来た

 ひび割れの先には、真白な世界にほんの一滴、薄墨を垂らしたような異空間が広がっていた。アダンが着地すると同時に、地面に薄く波紋が広がった。まるで、水面に雫をひとつ落としたかのようだった。


 どこまでも続くような薄暗い地平線の彼方に、神々しく光り輝く神の姿があった。アダンはひとつ息を吸い込むと、神へと歩み寄っていった。地に足をつける度、足元に小さく波紋が広がっていく。

 水面のような地面を神は見下ろし、手をしきりに動かしている。彼の周りに浮かんだ、いくつもの発光する図形を動かしているのだ。コーラカルがアダンに肉体を貸し与える時に見たものと似ていたが、神の周りに浮かぶ図形は、どれもコーラカルのものより複雑で大きく、そして禍々しい形をしていた。

 アダンが徐々に足の動きを速めていくと、それに比例して足元の波紋も数を増やしていく。神が彼の存在に気が付いた時には、その顔面に拳がめり込んでいた。すり抜けることなく神を捉えた拳を、アダンは力の限り振りぬいた。

 不意に殴りつけられた神は吹き飛び、何度も地面を跳ね、よろめきながら立ち上がった。神は体勢を立て直し、口元の血を拭うとアダンに向き直った。


 二人はまっすぐに立ち、目の前の敵を見据えていた。


『……失敗作が……なにをしにきた……』

「全部終わらせに来た」

『……何故ここに……コーラカルか……余計な事を……』

「お前を倒して、終わらせる」

『……それでお前は何を得る……何も得られず消えるだけだ……』

「それでもかまわない」

『……目の前の目的が達成されれば……それでいいと……』

「ああそうだ」

『……明日に希望を見い出せるのが人間……やはりお前は失敗作……』

「もう喋るのは十分だろう」

『……そうだな』


 向かい合う二人の足元に、わずかに波紋が広がった。と同時に二人は激突した。拳と拳がぶつかり合い、衝撃が飛沫となって周囲にまき散らされる。ぶつかり合った強大な力と力は反発し、二人は同時に吹き飛ばされた。

 地面を転がり吹き飛ぶアダンに対し、神は吹き飛びながらもふわりと体を宙に浮かせて体勢を立て直し、腕を振るって自身の周りに図形が浮かび上がらせた。神が腕を前へと振るうと図形は槍へと姿を変え、遠方を転がるアダンへと襲い掛かった。

 アダンは寸前のところで体を跳ね上げてかわし、瞬時に起き上がると、地を蹴って神の元へと駆け戻った。襲い掛かる無数の槍を、体を捻り、かがませ、跳ね、転がり、近づいて行く。あと数メートル、というところで神は槍を隙間のないほど召喚し、アダンへと向けた。


「――――ッ!!」


 全身に槍が突き刺さる寸前にアダンは足を止め、その場で飛び上がった。アダンは空を蹴り、神へ向けて突撃した。尚も放たれる幾本もの槍を皮一枚でかわしながら神の頭上へと到達したアダンは、両の手を握り合わせ、力の限り勢いをつけて神の脳天に振り降ろした。

 脳天を上から貫かれたような衝撃によろめく神のその顎に、既に着地していたアダンは右の拳を振り上げた。神の顎、その真ん中を拳が捉え、みしみしと音を立て、神の頭がアダンの拳に跳ね上げられる。

 神が体勢を立て直す前に、アダンの拳が神の脇腹に突き刺さる。神が大きく口を開けて呼気を吐き出した、その顔面にアダンはもうひとつ拳を撃ちこむ。よろめき体を折った神の頭を掴み、自身の顎まで届くほどの勢いで、神の顔面を膝で蹴り上げた。


『…………』

「……ッ?」


 もう一撃、そう思って振りかぶった腕を、アダンはぴたりと止めた。目の前の神から異様な気配を察知したからだ。神の体からは神々しい光は消え失せ、神の周囲の水面から黒い煙のようなものが噴き出した。おそらく、あれがコーラカルの言っていた絶望なのだろう、アダンはそう思った。

 黒い瘴気のようなものはみるみる神を包み込んでいく。不意に神が体を折り曲げると、神の体を覆っていた黒い瘴気がその体に吸い込まれていった。地面が揺れ、波紋が激しくアダンの脚の下を流れていく。


「なんだ……?」

『……――――ッ!』


 神が弾かれるように体を反らし上げると、神を覆っていた瘴気は吹き飛び、その中には禍々しく変貌した神の姿があった。

 光として発散されていた神の力と、人々の絶望の力をより合わせて人型に凝縮したような異形。白一つの体色は、神とはかけ離れた禍々しい怪物を思わせた。抑えきれぬ力が角となって、頭蓋や体のあちこちから隆起し、捻じれ伸びていた。白い体のところどころには、血管の様な赤い筋が一定の間隔で脈打つように発光していた。

 神が変貌した異形はぐるりと首をひと回しすると、アダンに視線を向けて声なく笑った。


『……本当に私を……倒せるとでも……?』

「……ッ! おおおおッ!!」


 アダンは拳を握りしめ、腕に唸りをつけて神に殴りかかった。神は迫りくるアダンの拳に合わせるように、指の一つを伸ばした。アダンの拳と神の指が触れ合うと、今度はアダン一人だけが吹き飛ばされた。


「ぐぅ……ッ!!」

『……所詮は失敗作……調子に乗るな……』


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