鉄柵
アダンたちは城壁の外側にたどり着いた。
前方にそびえる石造りの城壁は、蟲でもおいそれとは上れない高さであるが、今アダンたちがいる場所は申し訳程度の鉄柵で囲われているだけだった。それでも何もないよりはましだと多くの人々が集い、街ができていた。
「やあやあ、みんな無事かな?」
一人の女が鉄柵の門から体を離し、歌劇の一幕のように大げさに手を広げてアダンたちを出迎えた。女はアダンたちと同じく鶯色の刺繍が入った黒い衣服を身に着けていた。仰々しく出迎えたその女の背には、大きな銃が収まっていた。先ほどの蟲たちは彼女の背丈ほどもあるその銃で狙撃されたのだ。
「相変わらずすごい腕だな」
「ほんと、助かっちゃった」
「お褒め頂き光栄だよ!」
「この方は……?」
「エフィさんだよ、わたしたちの副隊長なの」
アカリが巨人の上からコーラカルに説明すると、エフィと呼ばれた女はわざとらしく眉を寄せ、顔を左右に振り、手を更に大きく広げてコーラカルに歩み寄った。そうしてコーラカルの目の前まで来ると、エフィは片足を後ろに引き、両手で鶯色の飾りつけがされたコートの裾をつまんで軽く持ち上げ、背筋を伸ばしたままお辞儀をした。
「私はエフェメール・イヴァンジェリン・ポテトヤードと申すものです……鶯の副隊長を務めております。お気軽にエフィとお呼びください。名前でお察しとは思いますが私はかの名門、ポテトヤード家の出でございます。ああ、かように美しいお方にお会いできて恐悦至極。ポテトヤード家はその名の通り代々――」
すらすらと流れ出る言葉をマイが「はいそこまでー!」と遮った。
「エフィさんほどほどにしないと、ほら、もう日が暮れるから」
「これは失敬! では中へご案内しましょう!」
「わたしはここで待ってるね」
「一人で大丈夫か?」
「うん、オーちゃんがいるから大丈夫、それにここは虫除けのもくもくもあるし」
アカリとオーを門のところに待たせ、アダンたちは鉄の門をくぐった。
門をくぐってすぐの場所の家屋は、木や布を組み合わせただけのものばかりで、最低限の雨よけとしての役割しか果たしていない。住民と思われる人々の衣服も顔色もよい物ではなく、そこかしこから咳の音や呻く声が耳に届く。
「……あまりよい環境ではなさそうですね」
「そうね、蟲に襲われない……襲われる可能性が少ないってだけマシなだけかも」
「そうだな、ここには笑顔がすくない」
「相変わらず変わってるねえアダン君は!」
少し進んでいくと、同じ木造でもきちんと建物の体を成しているものに変わってきた。ところどころに酒場や食料品店の表示が現れ、煮炊きする煙もところどころに見えた。さらに進めば石やレンガの建物もちらほらと見え始め、道の奥には壁内へとつながる巨大な門扉が見えた。
「さ! 私は報告書を提出してくるから、君たちは倉庫の方をお願いするよ!」
「鍵持ってないぞ」
「ファレーナくんに任せてあるから大丈夫さ!」
「あ、そうそうその前に」
マイはパッと手を上げると、コーラカルの方を見た。
「コーラカルさんこれからどうするの? さっき半端になっちゃったけど、壁の内側……それは無理でも柵の内側に住む?」
「そう、ですね」
「柵内なら大した手続きもなしで住めるし、外にいるより安全だと思うけど」
「そうなのですね」
「なんなら私が提出ついでに壁内の知り合いに口をきいておくかい?」
「……そう、ですね」
「なにか気になる事でもあるのか?」
「……なにか、しなければならない事があったはずなのです」
「しなければならない事……誰かを探してるとか?」
「探している……はい、確かに誰かを、何かを探していたのです」
無機質だったコーラカルの顔に、僅かだが感情の色が見えた。だが、その色は限りなく薄く、それが困惑か焦りなのか、はたまた怒りなのか悲しみなのか、喜びなのか。それは分からなかった。
「それは柵内で見つかるような類の物かい?」
「……申し訳ありません、はっきりとは……ただ、皆様と行動したほうが早く見つかる。そんな気がいたします」
「うーん、それなら協力してあげたいけど」
「だったら柵内に居て俺たちが情報を集めればいいんじゃないか」
「はっきりと探しているものが分かるならそれもありだが、今の状況では……」
「それになにより」
コーラカルの今までよりもはっきりとした口調に、アダンたちは口を閉じた。
「私は皆様と……アダン様と共に居たいです」
「え? なんて?」
「皆様と共に居たいと」
「いやなんかその後特にアダンを強調してなかった?」
「そうでしたか……なぜでしょうか」
コーラカルはその綺麗な顔をくいとかしげた。
「それはラブ的な意味でなのかい?」
「らぶ……?」
「まあ、そういうことなら一緒に居ていいんじゃないか」
「あんたね、もう少し恥じらうとかないの?」
「まだお前の笑顔も見ていないし、傍にいるのはいいことだ」
「はい、ではお願いいたします」
「ま、待ちたまえよ! シガールの許可も必要だろう。まあ、ともかく日が落ちる前に私は報告書の提出。アダン君たちは倉庫に荷物を取りに、それぞれ向かおうじゃないか。コーラカル君の処遇については今晩夕餉の席ででもいいのではないかな?」
アダンたちはエフィの提案に賛成し、まずは各々の目的の場所へと向かった。




