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蟷螂


 アダンは蟷螂からシガールの刀を受け取り、そして構えた。


 瞬間、蟷螂の鎌が薙ぎ払われ、白い花が舞い散った。アダンは身をかがめてそれをかわし、一気に距離を詰めて刀を振るう。だが、その一撃はもう一方の鎌に防がれた。ぎちぎちと音を立てて鍔迫り合うが、蟷螂が力を込めて鎌を振るうと、アダンは押し飛ばされた。

 どこまでも続くかのような白い花畑の中に投げ出され、転がるアダンに羽を広げ追いすがる蟷螂。追いつき、振り下ろした鎌を紙一重でかわし、アダンは蟷螂の首元に向けて刀を振る。だが、蟷螂も体を反らしてかわし、甲殻に刃がかすり、薄く傷がつくのみだった。


 蟷螂が漆黒の刃を、アダンが碧色の刃を振るう度、白い花びらが静かに舞い踊る。


 やがて均衡が崩れ始め、アダンの刃が蟷螂を捉え始める。蟷螂という虫は待ち伏せて獲物を狩る生物。正面からの戦いは不得手であり、それはアダンと対する蟲も同じであった。状況を覆そうと、蟷螂は大きな鎌を力の限り振り下ろしたが、それは僅かな隙を生み、ついにアダンの刃が細い首を捉えた。碧色に輝く切っ先が、歪で黒い三角形の頭を斬り飛ばした。


 だがこれで終わりではない。


 アダンもそれを理解し、呼吸を整えている。頭を落とされ倒れ伏す蟷螂の、その頭部の切断面から、ずるりと人の形をしたものが這い出た。ゆっくりと立ち上がったそれは、黒い蟷螂の体とは似ても似つかない、純白の肌をした女性だった。

 裸体にも見えた体は徐々に形を成し、白い鎧のように変質した。その女性は――蟷螂は倒れ伏した蟷螂の体に歩み寄り、その鎌をもぎ取った。彼女の手に握られた黒く歪んだ鎌は徐々にその色を失い、歪みが失われ、直線に白く伸びる、一振りの剣と化した。続けて手にした蟷螂の頭部も、彼女の手の中で形を変え、純白の盾へと変貌した。かつて多くの蟲を葬った聖堂街の英雄、マンティーデがそこにいた。


 アダンと蟷螂は再び向き合い、そして構えた。


 二人は同時に駆け寄り、同時に突き出した刃は二人の顔をわずかに掠めた。蟷螂は体を捻り、腕を振り上げアダンの刀を盾で弾いた。わずかにアダンが体勢を崩し、ほんの一瞬彼女から目が離れたその隙に、白い蟷螂は姿を消した。


「……ッ!」


 彼女の白い体は花畑に紛れ、追うことができなかった。相手に姿を見せず一撃で仕留め蟷螂の戦い方。奇しくも人間だった頃のマンティーデも、同じ戦法で何百と言う蟲を殺してきた。

 歴戦の英傑の、体に浸み込んだ戦略。おそらく、次の一撃をかわすことは困難だろう。アダンはゆっくりと息を吐き出すと、刀を下げて下段に構えた。それから目を閉じ、静かに深く呼吸した。


「……」


 周囲の音が遠のいていく。

 自身の心臓の鼓動さえ聞こえなくなる。


「…………」


 体の輪郭が徐々に曖昧になる。

 世界から色が抜け落ちていく。


「………………」


 世界から形が失われていく。

 手にした刀と体が一つになっていく。


 その感覚すら薄れ、自身がただひとつの点になっていく。


「…………――!!」


 一陣の風と共に世界が形を、色を、音を取り戻す。

 アダンは刀を振りぬいた姿勢のまま。

 蟷螂も盾を構え、剣を振りぬいた姿勢のまま。

 背を向け合って静止していた。


 やがてアダンの口から呼気が吐き出されると、彼が手にした刀は真ん中で砕け折れた。鶯の色にも似たそれは煌き、そして儚く地へと落ちた。と同時に、蟷螂の体から鮮血が舞上がり、白い花畑を赤い飛沫で染めた。蟷螂が構えた盾は二つに断ち割れ、彼女の腕から地面へと滑り落ちた。

 彼女はゆっくりと振り向くと、背後のアダンに笑みを向け、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。アダンは肩越しにその笑顔を見つめ、小さく呟いた。


「……いい笑顔だ」


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