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 アダンは走り続け、ようやくたどり着いた。


 マイたちの痕跡を追ってついた場所は、洞窟だった。小さな馬車がようやく通り抜けられそうな大きさの入り口に近づくと、中から熱気があふれ出てきている事が分かった。アダンは一度遠征でこの辺りに来たことがある。辺りに火山はなく、この辺りの洞窟に溶岩が流れているという話も聞いたこともない。

 奇妙なのは洞窟だけではない。この辺りは比較的緑が多い地域のはずだった。鶯に引けを取らないほどの蟲狩りが幾人も居て、多くの人々が彼らを頼って街を作っていたはずだ。だが今は辺り一面が焼け焦げ、人家どころか草木の姿は一つも見えない。恐らく、この洞窟の奥に居る蟲の仕業だろう。その蟲と、マイが戦っている。

 アダンはひとつ呼吸を整えると、洞窟に駆け込んだ。小さな入口とは裏腹に、中に進むごとに道は広く続いていく。ところどころに、どろどろと赤く光る粘液がまき散らされている。湯気をあげるそれは、近づくだけで皮膚がひりつくほどの熱気を発していた。

 そして洞窟の地面や壁に穴がいくつも開いている。マイの使う武器の痕跡だ。時折洞窟の奥から地鳴りのようなものが聞こえる。彼女は無事なのか。アダンは悪い予感を振り切るように足を動かし、奥の一層広い場所へと駆けた。

「マイ!」

 入ると同時に叫ぶと、声が反響した。天井まで十数メートルはあるだろうか。かなり大きな空間になっていた。その空間には赤く光る粘液が川のように流れを作っていて、その空間を照らしていた。

 そしてその空間の中心にそれはいた。白い岩を繋ぎ合わせたような巨大な蜘蛛。全身をまるで血管のように赤い粘液が流れていた。巨体にはいくつもの杭が刺さり、その隙間から熱い粘液が噴き出していた。その蜘蛛はアダンに気が付くと、咆哮した。びりびりと大気が震え、蜘蛛の口や傷口から、高温の粘液が煙と共に噴き出した。


 そして、蜘蛛は地面に倒れ伏した。


「アダン……!」

「マイ!」


 蜘蛛の背後にはマイが立っていた。その傍らにはコーラカルも立っていた。


「お見事です、マイ様……」


 目を細め、僅かに震える声で、喜びを滲ませた声でコーラカルが言うと、マイは力なく笑った。マイはやり遂げたのだ。一人で蜘蛛を倒したのだ。、髪と皮膚はいたる所が焼け焦げ、利き腕に至っては火傷がひどく、異臭を放っていた。だが、彼女はやり遂げたのだ。


「マイ!」

「アダン!」


 アダンとマイは笑みを浮かべて走り出した。

 まだこの地獄は終わってはいない。だが、また一つの山を越えたのだ。コーラカルは笑顔で駆け寄る二人を、喜色の浮かんだ顔で見つめていた。


 あるいはここで。

 アダンの到着が早ければ、未来は違ったかもしれない。

 アダンの到着が遅れていたら、未来は違ったかもしれない。

 良きにせよ、悪しきにせよ、未来は変わっていたかもしれない。

 もう会えないかと思っていた友との再会。

 その奇跡に、マイもアダンも、コーラカルまでも一時、気を緩めた。

 その気の緩みが、三人の頭から、あることを忘れさせた。


 『蟲』は、人から変異したものであるという事を。


 どろりと燃え立つ粘液が、マイの背中に吹きかけられる。

 アダンの鼻腔に、人が焼ける異臭が吹き込む。

 その場に居た全員が目を見開き、血の気が失せるのを感じた。


「アダ――」


 マイは痛みを感じる間もなく、

 叫び声を上げる間もなく、

 ただ、目の前の友を、

 一人残されるアダンの孤独を憂いながら、


 黒い炭と化した。


 炭化し倒れるマイの後方、蜘蛛の死骸の上に人影が見えた。

 それは人の形態となった蜘蛛。

 アダンは何度も見てきたはずの、蟲の真の姿。

 蜘蛛はマイへと向けていた脚の一つを引き戻した。

 屈強な体躯から左右に三本、蜘蛛の足のような器官が突き出ている。

 突き出た器官の先端から、燃える粘液が滴っている。


 その液体が、マイの命を奪った。


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