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廃屋から

 アダンはゆっくりと瞼を上げた。

 

 目の前の焚火には薪が加わり、目を閉じた時よりも火の勢いは強かった。肌に感じる空気は冷たく、周囲はまだ闇が深い。休息が取れたという実感のないまま、彼は静かに立ち上がった。

 目を閉じている間もずっと全身が疼いた。明確に意識があったわけではないが、目を閉じている間中ずっと、脈動し流れる血流が、蠢く細胞の動きが、頭の中に音として響き続けていた。脳に微小な針を無数に突き立てられているような痛み、体の中を熱い何かが駆け巡るような感覚。衣服を脱ぎ捨ててしまいたくなるほど熱いのに、体の震えが止まらない。それでいて異様なほどに視界も意識もはっきりしている。人ならざる者に近づくというのはこういうものかと、アダンは妙に冷静な頭で考えた。

 氷のように冷たい頭に浮かんだのは、マイとコーラカルの顔。たった二人、残された仲間。彼女たちの笑顔が見たい。そうしなければ、どうにかなってしまいそうで――。


「……マイ?」


 辺りを見渡しても人影は見当たらない。暗闇の中に誰がいるのか、いないのか。アダンの目は、光がなくても暗闇の奥を見通せるように変化してしまっていた。

 アダンはそのことに疑問を抱く余裕もないままに周囲を確認するが、誰も居ない。争った形跡や血痕、蟲の体液なども見当たらないことから戦闘があったとは思えない。ふと、アダンの視線が二人分の足跡を捉えた。常人ならば気づく事もない僅かな跡が、アダンの目には形として映った。


「どこ、に……」


 アダンは二人分の足跡を目で追った。焚火から離れ、リュシオルが死んだ廃屋へと向かっている。そしてそこから離れて――。


「……?」


 アダンは一瞬、その時に感じた違和感が理解できなかった。視界に映る景色の一部がどこか違っている気がした。そしてすぐに、その違和感の正体に気が付いた。


 廃屋の扉が開いている。


 マイやコーラカルが開けたわけではない。二人の足跡は扉の前で立ち止まったもののみで、扉を開けたような足跡は付いていない。これは――。


「――ッ!」


 蟲の脚が空を切る。とっさにアダンは身をかがめ、蟲の一撃をかわした。アダンは前方に飛び、背後に居た蟲の姿を捉え、歯を噛み締めた。


「リュシオル……」


 リュシオルは蟲へと変化していた。頭からは触角が二本生え、体のいたる所が膨れ上がり、暗闇の中で絶え間なく発光している。

 間に合わなかった。彼もまたアカリのように蟲へと変貌してしまった。自決したと思った時に流れ出た血は、人間の体から蟲へと変わる準備が完了したというだけだったのか。アカリもこうして蟲になったのか。


「……っ」


 アダンは背に括り付けていたシガールの得物を外し、構えた。その姿を見るとリュシオルだった蟲は奇声を上げて空へ飛びあがり、その場に制止した。アダンは歯を食いしばり、上空から襲われても迎え撃てるよう構えを変えたが、『蟲』は膨れた部分を光らせるばかりで襲い掛かってくる気配はない。

 その行動にアダンが疑問を抱いた瞬間に、彼の側面から何かが迫ってきた。アダンは飛び退きそれをかわし、その姿を確認した。巨大なダンゴムシのような蟲だった。いったいどこから、と考えるよりも早く、地中からハサミのような尾がアダンに襲い掛かる。アダンはほとんど反射でその尾を切り捨て、周囲に意識を向ける。近くに蟲が数体。そしてなん十匹もこちらに向かってきているのを、アダンの体が感じ取った。

 リュシオルが変化した蟲は、光で他の蟲を集めるのだ。集めるだけでなく、光の明滅で蟲に僅かながら連携を取らせているようにも見える。一匹一匹の蟲は、今のアダンにとって大きな脅威にはならない。だが、それが何十にも膨れ上がり、それが連携して襲い掛かってきたらどうなるか。

 アダンは一つ息を吐き出すと、今切り捨てた蟲の体液を手甲に吸収し、それを放出してシガールの剣にまとわせた。大きく、鋭く、禍々しく変貌した剣を構え、アダンは叫んだ。


「……こい!」


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