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案内して

 アダンはただ黙って焚火の炎を見つめていた。


 あたりが暗くなってきてようやくアダンは体を動かし、今まで何度もそうしてきたように蟲除けの草を焚き、仲間と火を囲んだ。仲間はもうマイとコーラカルしかいない。


 焚き火を囲む三人は、ただ黙っていた。暗い気持ちを吹き飛ばしてくれるような、大きな笑い声を聞かせてくれるシガールはもういない。

 持ってきた物資から硬いパンと干した肉を取り出し齧ってはみるが、味も何も感じなかった。あたたかく、美味しく、心の底から温まるような料理を出してくれるグリレはもういない。

 アダンとマイの衣服はほつれ、破け、汚れていた。アダンの服の裾にある笑顔のマークも今は見る影もない。いつでも優しく、どれだけ派手に衣服を破こうが完璧に繕ってくれたファレーナはもういない。

 次にするべきことの見当もつかないまま、身も心も凍り付きそうな静寂が三人を覆う。シガールを的確に補助し、鶯たちをまとめ上げ、時には自作の小唄をいい声で歌ってくれたエフィはもういない。

 マイもまた、何もすることがないかのようにただ火だけを見つめていた。いつでも笑顔を振りまき、夜になると必ず膝の上で歌やお伽噺をせがんできたアカリも、そんなアカリを愛おしそうに見つめる、頼れるオーも、もういない。

 持ってきた物資は袋から取り出したまま、誰が片付ける事もなく散乱していた。神経質で、皮肉めいたことを口走りながらも、鶯たちのために細かな気遣いを忘れなかったリュシオルにも、もう会うことはできない。


 アダンは静かに目を閉じた。まぶたの裏の暗黒に、失った仲間を映し出した。彼らの笑顔を思い出しながら、アダンは座ったまま意識を手放し、暖かな夢の中へと逃避した。


「……」


 残酷な現に取り残されたマイは、口を開くこともなくゆらめく炎を見つめていた。


「マイ様……」

「コーラカルさん、いい顔になったね」

「は……?」

「前は人形みたいに、近寄りがたいくらいに綺麗だった。でも今はすごく……綺麗なだけじゃなくて、優しい感じがする」

「……皆様のお陰です」

「そう、よかった」


 言葉と裏腹にマイの表情はうつろだった。


「コーラカルさん、貴女一体何なの? グリレも言ってたけど、どう見てもあたしたちとは違うよね」

「それは、まだお伝え出来ません」


 少し間を開けてマイが「そう」と言うと、再び沈黙が訪れた。


「……私ね、何もなかったんだ」

「何もない?」

「私には何もないから、みんなに優しくするふりをしてるだけ。私は優しい人間じゃない。なにも持ってない、なにもしてない私を受け入れてもらうために、ただ媚びてるだけ。だから大事なことも大変なことも全部人任せ。だからいつも大事な時になにもできなくて、大切なものを失う……」

「マイ様……?」

「いつもいつもそう、大事な時は体が動かなくなっちゃう。いつも……リュシオル君の時も私は何もできなかった。また誰かに、アダンに……押し付けた……!」



 マイの声は震えていた。その震えは悲しみからくるものではなかった。震える声の原因は怒り。何もできない自分への怒り。過去の、今の、未来の自分への怒り。人が感じる怒りの中で、最も手に付けられない類の感情。


「マイ様は優しいお方です。今もこうして私たちと共に居てくれます」

「優しいんじゃないよ、怖がりなだけ。いつも人の目を気にしてるだけ。二人を見捨てて逃げないのは、あとで恨まれたりするのが怖い……ただそれだけ。本当の私は自分のことしか頭にない……最低の人間」


 コーラカルはつらつらと言葉を連ねるマイの肩に手を置き、静かに首を振った。


「マイ様ご自身がどう思われようと、私は貴女を尊敬しております」

「……尊敬?」

「本当に自分のことしか考えていない人間は、皆さま、鶯のような活動をしたりはしません。どの世界……どの時代でも、そういう輩は自身の正しさを喧伝するばかりで、世界を変えるために汗も血も流しません……苦しみ、悩み、闘っているマイ様は尊敬すべきお方です。最低な人間ではありません」

「……」


 マイはまた押し黙り、しばらく火を眺めていたが、ぽつりと小さく「ありがとう」と呟いた。コーラカルはその言葉をしっかりと聞き取り、ゆっくりと頷いた。マイはまぶたを閉じ、何かを抑え込むかのように静かに呼吸した。数分後開かれた彼女の瞳には、ある決意の色が浮かんでいた。


「コーラカルさん、聞きたいことがあるの」

「なんでしょうか」

蜻蛉トンボみたいなやつらを殺せば、蟲は居なくなるんだよね」

「……蟲を滅するためにはそれしか方法はありません」

「後何匹いて、どこにいるか分かる?」

「……分かります」


 マイは一人で何度も小さく頷くと、一つ息を吸い込んでコーラカルに向き直った。


「……案内して」


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