ほんの少し
アダンは前へと進んでいた。
憔悴しきったアダンの足は、まるで死にかけた芋虫のように遅った。コーラカルはアダンの足に合わせるように、ゆっくりとその後を歩いている。アダンは虚ろな目を前に向けたまま、ゆっくりと口を開けた。
「コーラカル、俺も……蟲になるのか」
「私が言えることは、可能性はあるということだけです」
「さっき……オーの、あいつの体を俺の腕が貫いたんだ。アカリがいなくなったオーの皮膚が弱くなったとか、そういうことではないんだろう。俺が、変わっているんだ」
「……多くの蟲は人間から変化したわけではありません。ですが人間から変化した蟲はより強大な力を発揮します。アダン様たちが倒した蜻蛉や百足……蜂がそれにあたります。ですが、力を得たからと言って蟲になると決まったわけではありません。蟲の力は神の力です。正しく使えば……」
「……使えば?」
アダンの問いに、コーラカルは瞬時ためらい、
「神をも倒せるはずです」
アダンは足を止め振り返った。
「神を倒せば全部終わるのか」
「……おそらくは。神の力は強大です、精神を保てば強大な力を……それこそ、世界を作り変えてしまえるほどの、神自身を殺すほどの力を得ることができます。ですが、力を宿した状態で精神が弱まれば、この世界では蟲へと姿が変わってしまいます」
「…………」
「アダン様、心を強く持ってください。それが私の……亡くなられた方々の願いでもあるはずです」
アダンは何も答えなかった。今コーラカルがした話も頭に入ってきているのか怪しい。何もかも投げ出し狂いたかった。だが、仲間が目の前にいる今ここで発狂できるほど、アダンは弱くなく、強くもなかった。
今のアダンは、働きアリのように、自分が生物的に生きるためにするべきこと――マイの元へ帰る事、足を動かすこと、呼吸をすること――を、刹那的にこなすしかできなかった。
ぼんやりとした眼のまま再び歩き始めたアダンの前に、コーラカルが駆け出し、立ちふさがった。虚ろな目でコーラカルの顔を見るアダンの目の前で、コーラカルは自分の頬を指で押し上げ、口角を引き上げた。
「なにしてる」
「アダン様のお好きな笑顔です」
子供だましのような、ふざけているような、突拍子もない行動だった。美しい顔に作られた笑みを見ても、アダンの表情は変わらなかった。アダンはなんの反応もせず、コーラカルの脇を通り抜け、また歩き始めた。
だが、ほんの少しだけ、アダンの歩みは速さを取り戻したように見えた。




