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オーとアカリ

 

 アダンは朝日で眼を覚ました。

 朝もやに朝日がきらめいている。久しぶりの朝日だった。


 体の熱は信じられない事だが引いていた。腹と足の痛みも感じなかった。

 ふと、アダンは昨日のことを思い出した。横になって眠りについて、アカリが自分に――。彼女が覆い被さってきてから、それから先の記憶がなかった。

 辺りを見回すと、朝日の光の筋の向こう側に横たわっている少女がいた。陽の届かない木陰にアカリは毛布をかぶって寝ころんでいた。アダンは立ち上がると――思っていた以上にすんなり立ち上がれた――アカリの様子を見ようと歩み寄った。


 違和感を覚えた。

 毛布に浮かび上がる、黒い染み。

 彼女の体の下には黒いものが溜まっていた。

 溜まった黒色を目で追うと、朝日に照らされたそれは、赤色にも見えた。


 アダンは向こうを向いている彼女の顔を確認しようと手を伸ばし、背後の気配に気づいて振り向いた。


「オー……!」


 巨人は地面を揺らしながらアカリに近づいていった。樹木ほどもある太い指でそっとアカリに触れると、突然ぐるりと体を捻った。暗く光る眼から感じられたのは、強い怒りだった。


「待て、オー……」

「オォォ……!」

「俺じゃない!」

「オオオォォォォォ!」


 巨大な腕が、アダンに向けて振り回された。とっさにかわしたアダンの顔に、腕から飛び散った青い血が飛び散る。


「やめろ! オー!」

「オォォオオオオ!」


 アダンの制止も聞かずに、巨人はアダンに向けてがむしゃらに腕を振り回した。その度に青い血が飛び散り、地面を、木々を異形の色で濡らしていく。


「やめろ……動いたらお前まで……!」

「オォ……オ、オ……!」


 巨人はすでに血を流しすぎていた。振り回す腕の動きはアダンを捕らえられずに空を切るばかりだった。無駄だと悟った巨人は、腕を振り回すのをやめ、アダンに向かって掴みかかった。


「オオォォォオオオオオ!」

「やめろ!」


 アダンは敵うはずはないとないと分かっていながら、巨人を押しとどめようと両の手を突き出した。脳が予測したのは、硬い皮膚にぶち当たる鈍い痛みか、骨のきしむ脂汗が噴き出るような痛みだった。

だが、そのどちらも来なかった。


「オ、ォ……!」

「なん、だ……?」


 アダンの腕は、オーの体を貫いていた。

 突き出した腕は肘まで巨人の胸板に突き刺さっていた。

 アダンが呆然とする間に、巨人が後ずさりすると、アダンの腕は抜けた。


「オ……オォオ……」


 巨人は口から青色の血を噴き出すと、アカリを見下ろした。巨人は一瞬動きを止めると、アダンに顔を向けた。

 その瞳の色からは、何故か怒りの色が抜けていた。それどころか、アダンに向けてその瞳の光はぐにゃりと弧を描いたようにも見えた。


「オー……お前、笑って……?」


 アダンがそう言うと同時に、巨人の体は轟音を立てて崩れ落ちた。オーは全身から青い血を噴き出しながら、最後の力を振り絞ってアカリへと腕を伸ばした。大きく太く、優しい指先が、愛する主人の髪に僅かに触れると同時に、青い飛沫と共に泥土に埋もれた。


 主従の情を越えた何かが、そこにはあった。


 アダンは何が起こったのか分からなかった。何故アカリが死んでいるのか、そもそも死んでいるのかどうか、何故自分の腕がオーの硬い皮膚を貫いたのか。何故最期にオーが笑ったのか。分からないことだらけだった。

 アダンはまとまらない思考のまま、ほとんど無意識のまま体をうごかし、アカリの安否を確認しにむかった。肩までかかった毛布を取り除き、肩を引きアカリの顔を見る。


 その頭には小さな触覚が生え、口元には昆虫の牙が生えていた。

 それ以外は幼い彼女のままだった。


 そうだ、思い出した。


 アダンは彼女が何をしようとしているのかすぐに理解したのだ。

 彼女が自分を殺そうとしていたことに。


 昨夜、アカリはアダンの喉笛を嚙み千切ろうとした。必死で小さな頭を押し返し、叫んだ。意識を取り戻せと懇願した。だが駄目だった。だから彼女の脇腹を刺した。蟲の体液で錬成したナイフで、何度も何度も、動かなくなるまで。そして彼女の死体に毛布をかけ、気が付けば眠りについていた。

 オーはさっき気が付いたのだ。アカリが蟲になったことを、そして最期、アカリが醜い蟲になる前に解放してくれた、アダンに向けて笑顔を見せたのだ。


「ああ、なんという事でしょう」


 静寂を破り、コーラカルが現れた。


「これは、なんなんだ」

「お伝えしたはずです。狂を発すれば神の玩具になってしまわれると」


 蟲と化したアカリ、倒れ伏したオー、その傍にコーラカルは跪いた。


「ああ、貴女たちも先立たれてしまったのですね」


 コーラカルは無念を滲ませた声でそう言うと、虚ろに開かれたアカリの目を、人形のように穢れのない指でそっと閉じさせた。そしてオーの亡骸に触れて目を閉じ、二人の死を悼んだ。彼女の顔に、確かに感情の色が浮かび上がった。目を開いてもなお、その顔は強い悲しみ、そして怒りを湛えていた。


「お前……」

「アダン様、もう少し……もう少し時間をいただけますか」

「なんの時間だ」

「……すべてをお伝えするまでの時間です」


 今までにない、確かな感情の色を濃くしたコーラカルの瞳に見つめられ、アダンは黙ってうなずいた。


「アカリたちを、弔ってやらないと……」

「はい……」


 二人は白い花をそれぞれ一輪だけ摘み取ると、二人の亡骸の上に備えた。アダンは本当は墓の一つでも作ってやりたかったが、その気力は無かった。しばらく二人の死を悼むと、二人は再び歩き始めた。

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