そうだよな
「ぐ……!」
アダンが街に到着するころには、蜂の毒が回ってきたのか視界がぼやけた。先ほどまでそれほど苦も無く動かせた足も、徐々に動きが鈍くなっていく。全身からじわりと染み出す脂のような汗が、体温を急激に奪い取っていく。
街の様子はまさに惨劇であった。あたりに散らばる家屋の残骸、引きちぎれた死体、広がる血だまり。悲鳴も呻きも何一つ耳に入らない。音のない死が、ただそこら中に転がり、充満し、匂い立っていた。アダンはふらつく足をなんとか動かし、鶯たちの倉庫まで向かった。
「エフィ……!」
そこにエフィはいた。確認するまでもなく彼女は死んでいた。蟻に食いちぎられたのだろう。胸から下は体ではなく、ただの肉塊と化していた。アダンが近づくと、彼の予想通りエフィが銃を抱えているのが見えた。
死の間際、彼女は自分を救ってくれたのだ。
アダンは口を開くことなく立ち上がると、彼女の亡骸の傍らにあった袋を開けた。貯蔵していた物資の一部だろう。中を見てみると、運のいい事に医療品が詰め込まれていた。アダンは軟膏を取り出し、服をまくり上げた。槍のような蜂の針に刺されたにも関わらず、アダンの傷口はふさがっていた。だが、毒が回っているのか彼の腹部は暗い紫色に変色していた。その変色した部分に軟膏を塗り込んでいく。
「……」
軟膏は蟲の持つ毒に効果のあるものだった。あの蜂の毒に効き目があるかは分からなかったが、アダンは痛みに顔を歪めながらも、黙って自分の腹部に塗り付けた。
震える手で薬を塗り終えたアダンは、立ち上がってまた歩き始めた。アカリたちの元へと帰らなければならない。鶯の物資はまだあったはずだが、今のアダンには、がれきを取り除いて物資を探す体力も気力もなかった。
「う……っ!」
体が疼くような痛みに、アダンは膝をついた。
立ち上がることができない。
これから一体どうすればいいのだ。街を追われ、行く当てなどない。追い出された街も今は瓦礫の山だ。街が残っていればなんとか説得することもできたはずだ。自分も死にかけだ、アカリもオーも助かる見込みは薄いだろう。アダンの瞳が絶望に染まる寸前に、彼の瞳は横たわるエフィの亡骸を捉えた。
立派な最期だった。彼女が居なければ蜂を取り逃していただろう。それどころか、ここまで無事に戻って来れたか分からない。今ここで諦めてどうする。エフィやシガール、グリレ、ファレーナに顔向けできるのか。
「……そうだよな」
アダンは小さく呟くと、心の奥底に絶望を押し込め立ち上がった。数歩進むと、一度エフィを振り返り、目を閉じた。それが今のアダンにできるエフィへの感謝と哀悼だった。しばらくエフィの亡骸を見つめていたアダンだったが、やがて確かな足取りで歩きだした。




