人ならざる者へ
アダンは崩壊した街から目を離し、歩き始めた。
蜂の本体がまだ生きていることが、何故だか知らないがアダンにはわかっていた。焼け焦げた蜂たちを踏み潰し、その中心へと向かった。焼け焦げた蜂たちはひとつの黒い円の様になっており、その真ん中に本体と思しき人影が横たわっていた。
「……よお」
蜂の本体はかろうじて人の形は保っていたが、体のところどころが焼け焦げ、胸にはエフィの狙撃によって撃ち抜かれた穴が開いている。まさしく虫の息だった。
蜂の本体は歩み寄ってきたアダンに気が付くと、彼の足に手を伸ばした。慈悲を求める命乞いか、殺意に満ちた悪あがきかはまでは、アダンにも分からなかった。アダンは銃に弾を込め、静かに蜂の眉間に銃口を向けた。
「……」
不思議と、先ほどまで感じていた憎悪は感じなくなっていた。だが、許すつもりもなかった。アダンが黙ったまま引き金に指をかけると、蜂はアダンへ伸ばした手をゆるゆると地面へと下ろし、ゆっくりと曇天へと顔を向けた。覚悟を決めたようにアダンには見えた。
小さな銃声が響き渡った。
蜂の血飛沫が、引き金を引いたアダンの目に入った。
だが、アダンは目を閉じもせずに、ただ静かに銃を下ろした。
「ああ、なんということでしょう」
振り向くと、コーラカルが歩み寄ってきていた。彼女の後ろには小さく呼吸しながら横たわるアカリが見えた。その傍らには半死の巨人が、倒れながらも彼女を心配そうに見つめていた。コーラカルは蜂の亡骸に近づくと、跪いた。
「また、自分の居場所が見つけられなかったのですね」
コーラカルは蜂の頭を優しく撫で、小さな声で「安らかに」と囁くと、焼け焦げた蜂は風に飛ばされ、そのあとには何も残らなかった。コーラカルはゆっくりと立ち上がり、アダンに視線を向けた。
「おめでとうございます、アダン様。アカリ様。お二方は彼の力を超えました……お二方は今また、『神』と呼ばれる存在に近づいたのです……またしても……犠牲は大きいものでしたが……」
コーラカルはアダンから視線を逸らし、もう一度瞳を閉じた。その顔が向く先には、崩れた街があった。
「コーラカル、アカリを見てやってくれ……」
「かしこまりました」
アダンは満身創痍の体を無理やり動かし、街へと足を進めた。こんな状態ではるか先の街に向かうなど自殺行為にも見えるが、街へ行って医療品を探さなければ本当に死んでしまう。
それになにより、アダンはエフィの安否を確かめるために街へと足を動かしていた。あれだけの規模で破壊された街で、無事だとは思えなかったが、確認せずにはいられなかった。
全身を蜂に食いちぎられ、腹部を貫かれたアダンにとって、平坦な街への道も過酷なものに思えた。しかし、たどり着く前に死んでしまうかもしれないという、アダンの予想に反して彼の体は順調に動いた。蜻蛉の時に負傷した足が、蜂に毒を撃ち込まれた腹部が疼いたが、体は驚くほど速く動いた。
「……っ」
自分が人ではない何かに変わっていく感覚。
人の理の外に引きずられていく恐怖。
そんな感覚を押し込めるように、アダンは力強く大地を踏みしめた。




