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瓦礫の山

 アダンたちは一旦家に戻り、エフィを待つことにした。あの様子では医者を連れてくるのは難しいだろう。仮に連れてこられたとして、リュシオルを治療できたとして、その後はどうすればいいのか、アダンには見当もつかなかった。


「お姉ちゃん。大丈夫かな……」

「ああ、大丈夫だ」


 だが、それをわざわざアカリに伝えるほどアダンは非情ではなかった。アダンは不安そうなアカリの頭を撫で、繰り返し「大丈夫だ」と呟いた。それはまるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


「みんな、なんであんなに怒ってたの……?」

「俺たちが蟲を呼び寄せてるって言ってたな」

「本当なの?」

「……その可能性もある」

「そんなことはあるはずがありません」


 言い切ったコーラカルに二人は少し驚いた。


「皆様はこのような扱いを受けるべきではありません。強く、優しい方々なのですから」


 コーラカルの言葉にアカリが「ありがとう」と少しだけ笑うと、アダンは「いい笑顔だ」と親指を立ててみせた。ほんの少しだけ空気が軽くなり、アダンたちは落ち着いてエフィを待つことができた。

 どれくらい待っただろうか。アダンの胸中の不安も薄れ、アカリから怯えもなくなったころだった。突然コーラカルが立ち上がった。音を立てて椅子が倒れ、アダンたちは驚いて彼女を見た。無機質で人形的な美しさを持った顔に、うっすらと驚愕と恐怖が見て取れた。


「おい、一体どうし――」

「……来ます」


 静かにコーラカルが発した声は、ほんのわずかに震えていた。アダンやアカリが彼女の言葉の意味を問う前に、地面が小さく揺れた。その揺れは地鳴りの音と共に少しずつ、少しずつ大きくなっていき、やがて地鳴りは地響きとなり、アダンたちの家を揺らし始めた。


「あれ!」


 アカリの悲鳴にも似た声に、彼女が指さす方を見ると、巨大な何かが蠢いているのが遠くに見えた。土煙を上げ、巨大な体躯を滑らせるようにして迫りくるそれは――。


「ムカデ……!」


 蜻蛉の数倍はあろうかという黒い巨体が地を這い、地響きを立てながらこちらにやってきている。地響きはどんどん大きくなり、姿がはっきり見えてくる。だが、百足はアダンたちの方へは来なかった。方向を変え、向かった先は――。


「エフィ!!!」


 アダンが叫ぶと同時に、百足が柵内へと突っ込んだ。柵や建物が崩れる音が、柵内の住民の叫ぶ声が、ほんのわずかにアダンたちの耳に届いた。

 百足は地面に潜ると、轟音と共に街の中心から飛び出し、真っ黒な曇天へ体を伸ばした。百足はそのまま巨大な体を地へと倒し、尾を振り回し、薄黒い体をうねらせ這いまわり、人間が築き上げた文明を、いとも容易く瓦礫へと変えていく。

 アダンたちは離れたところで立ち尽くしたまま、その惨劇をただ茫然と眺めていた。


「あれは、なんだ……」

「残された三体の蟲の一体です」

「知ってるの、コーラカルさん……」

「あのような姿とは知りませんでしたが、あの力は間違いなく……」


 一分も待たずに町は瓦礫の山と化した。遠く聞こえていた柵や家屋が崩壊する音も、人々の悲鳴も消え去り、凄惨な静寂だけがアダンたちを包み込んでいた。

 百足は再び大きく天へと体を伸ばし、制止した。示し合わせたかのように鋭い風が吹き始め、アダンたちの鼓膜を揺らした。吹き荒れる風の音と、自身の心臓の音だけがアダンたちを支配していた。

 アダンには遠方に見える天へと体を伸ばす百足の姿が、何かの彫像のようにも見えていた。脳が目の前の異常事態を処理しきれなかったのだろう。だが、次の瞬間にアダンは嫌でも現実に向き合うことになった。


 百足がぐるりと体を捻り、頭をアダンたちに向けた。

 こちらに、やって来る。

 巨体がゆっくりと動き出し、地鳴りと共にこちらに向かってくる。


「コーラカル! アカリを頼む」

「アダン様……!」

「どっ、どうするの……ッ!」

「倒すしかない!」

「倒せるわけないよあんなの!」

「どう考えても逃げられない、倒すしかないんだ」


 アダンはそれ以上は何も言わず、背負っていたシガールの刀をコーラカルに渡し、目で指示した。彼女は刀を無表情のまま受け取って頷くと、石造りの建物の中へとアカリを促した。


「オー、大丈夫だな?」


 巨人が頷くと、アダンは籠手の中の体液を天に向けて解放した。直後に碧石の粉末が放出され、蟲の体液は巨大な刀剣へと変貌し、地面に落ちた。


「こいつでぶった切れ!」


 アダンは生成した体液の刀剣が元に戻らないようその手を巨大な刀身に触れさせながら、オーに向けて叫んだ。巨人は巨大な刀剣を掴み上げ、唸り声を上げて上段に構えた。アダンはオーの背に乗り、巨大な刀剣から手を離さないように気を付けながら、残った体液の一部を刀剣に変えた。気休めにもならない大きさだが何かせずにはいられなかった。


「さあ、来い……!」


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