怒号
「皆様」
コーラカルの声で鶯たちは目を覚ました。久しぶりに家で休息が取れたこともあってか、アダンもエフィもアカリも、幾分顔色がよくなっていた。アダンは目を擦りながら、窓際のコーラカルの元へと向かった。
「どうかしたか」
「人がこちらに向かってきます。それもかなりの人数が」
コーラカルの言葉通り、十人以上の人影がこちらに向かってきているのが分かった。柵内の人間たちのようだった。迎えに来たという雰囲気ではない。
「あまり穏やかな雰囲気ではないね」
「ああ、どうする」
「どうするも何も、話を聞かねばね」
アダンとエフィが家から出ると、コーラカルとアカリも後に続き、最後にオーがのそりと体を動かした。外は相変わらずの曇り空で、陽の光を浴びることはできなかった。
鶯たちの目の前まで来た柵内の者たちの顔は、どれも険しい。睨みつけるような視線を向けてくる柵内の者たちの中から、初老の男が歩み出てきた。それを受けてエフィもアカリやアダンを守るように一歩前に出た。
「穏やかではないが、どういう事かな」
「あんた達には、この辺りから出て行ってもらいたい」
「それはまた急だね。一体どうし……」
ど、と。
エフィが言い終わる前に、柵内の人間たちが鶯たちへ何事かを口々に喚いた。怒号は混ざり合い言葉としての意味を失い、ただの音の衝撃となって鶯たちに襲い掛かった。鶯たちは状況が理解できずにただ黙ってその声の波を全身に受けた。怒号が静まるのを待って、初老の男が口を開いた。
「あんた達がいなくなってから蟲たちが来なくなったんだよ」
「なんだって……」
「来なくなったどころか影も形も見ないんだよ。一週間やそこらだったら偶然だろうよ。だがひと月以上だ。遠くに通る影は見ても襲い掛かってはこないんだ。あんた達がいなくなった途端にだぞ。これはもう、誰が考えたってあんた達が蟲を呼び寄せてるってことだろう!」
初老の男が大声を張り上げると、再び怒号が鶯たちを襲った。自身に向けられる敵意と罵詈雑言にアダンは顔を引きつらせ、アカリは訳も分からずただ脅え、オーの陰に隠れた。コーラカルは美しい顔に僅かに苦痛の色を浮かべ、目を閉じた。
それと同時に、銃声が鳴り響いた。
エフィが空に向けて発砲していた。
柵内の者たちは――鶯たちもその音に肩を揺らし、押し黙った。
エフィは手にした銃から立ち上る硝煙ごしに、取り囲んでいる柵内の者たちをゆっくりと見回した。今まで見たことのないエフィの冷たい瞳の色に、アダンとアカリは二人同時に喉を鳴らした。
「分かった、ここから立ち去るよ」
エフィが口を開くと、柵内の者たちはまた何事かをささやき始めたが、「だが」とエフィが言うと、再び口をつぐんだ。
「一人、医者についてきてもらう。旧聖堂街で仲間が死にかけてる。彼の治療をしてもらいたい。それが終わったらまたここまで護衛すると約束する」
いつもの大げさな声量や歌劇的な言い回しではない。静かで冷たいエフィの声色に、その場に居た誰もが声を出す子ができなかった。
「それと、柵内の我々の倉庫から物資は運び出させてもらう。それほど数もないが、それくらいは認めてもらおうか」
エフィが初老の男に視線を向けると、男は怯えからか不自然な動きで首を縦に振り、「だが、来るのはあんただけだ、それに見張らせてもらうからな」と震える声で精一杯そう言うと、柵内へと引き返すそぶりを見せ、そのほかの者もそれに従った。
エフィはアダンたちの方を振り向くと「すぐ戻るから待っていてくれたまえ」と笑いかけ、柵内の者たちと共に歩き始めた。口調はいつもの彼女に戻っていたが、その目には喜色は微塵もなく、指は銃の引き金に掛けられたままだった。
「……おい!」
アダンは気が付いたら叫んでいた。何か嫌な予感がしていた。それが何かは分からなかった。何をしたらいいのかも分からなかった。振り向いたエフィに向けて、出た言葉は、
「……ちゃんとした、笑顔を見せてくれ」
エフィはきょとんとした顔をしていたが、くすりと笑うと、「これでいいかい?」と満面の笑みを見せた。アダンもそれ以上は言葉が続かず、ただ小さく頷くことしかできなかった。エフィはもう一度小さく笑うと背を向け、手をひらひらと振りながら柵内の者と共に去っていった。




