寄生
ファレーナの狂った懇願が背後から聞こえる。
水へ飛び込もうとする彼女を荷車に縛り付け、鶯たちは今後について話し合っていた。渡ろうとしていた水面には蟲が待ち構えている。ただの木船で渡るのは不可能だ。かといって蚯蚓の沼で迂回もできない。
「ファレーナ君は、寄生されているのか……?」
「でもそんな蟲、聞いたことない」
「……コーラカル、何か知らないか」
アダンの問いかけにコーラカルは静かに首を振った。
「あのような物は見たことがありません」
「なんだ、役に立たないな……」
ぼそりとつぶやいたリュシオルの言葉をマイが咎めたの最後に、議論をしていた鶯たちの口から次第に言葉が消えていき、沈黙が訪れた。身じろぎするのも憚られる静寂の中、聞こえるのは虫除けの草を燃やす焚火の音、ファレーナの声、軋む荷車の音のみだった。
長く、長く沈黙が続くうちにファレーナが大人しくなった。様子をうかがうと、うなだれうつむき、「水、水」と小さく呟いていた。ファレーナの喚きが収まったことで全員が猛烈な眠気に襲われた。夜通し歩き続けていた鶯たちの疲れは頂点に達していた。
「皆様、どうぞお休みください」
コーラカルの言葉に、鶯たちはゆるゆると彼女の方を向いたが、誰も口を開くことは無かった。
「私が見張りをしておきます。どうぞお休みください」
怪しい言動の彼女に――それでなくても戦闘能力のない彼女一人に、見張りを任せることなど、普段ならば鶯たちは受け入れなかっただろう、だが、今に限っては鶯たちも彼女の言葉に従うように目を閉じた。絶望的な現実から逃れたい、もうどうなってもいい、そんな自暴自棄な考えもあったのかもしれない。鶯たちは目を閉じてすぐに浅い眠りについてしまった。
「……」
皆が息苦しそうに寝息を立て始めると、コーラカルは静かに立ち上がった。ゆっくりとした足取りで焚火から離れると、縛られたファレーナの元へと歩み寄った。
「ファレーナ様」
「み、ず。みずぅう……」
うつむいたままうわ言のように「水」と繰り返す彼女の口元から唾液が滴っている。かつての穏やかで聡明な彼女の影はどこにもなかった。コーラカルは彼女の頭を優しく持ち上げると、ガラス玉のように美しい瞳でファレーナの瞳を覗き込んだ。彼女の瞳には幾筋もの蟲が蠢いているのが見えた。
「おいたわしい御姿です……」
「みず、水…み、ズ……!」
「私の言葉が聞こえますか」
「み、ず……」
「ああ、貴女様も逝かれるのですか」
「……」
「なぜこのような……」
無機質な顔に僅かに悲しみの色を浮かばせると、今度はコーラカルがうつむき呟いた。
「ああ、私にはなにもできません」
「……」
「それでも私は……」
「コーラカル、ちゃん……」
ファレーナの言葉に、コーラカル静かに顔を上げた。ファレーナの瞳には変わらず蟲が蠢いていたが、その眼差しはしっかりとコーラカルを見ていた。コーラカルが「はい、なんでしょうか」と抑揚のない声でそう言うと、ファレーナはがくがくと何かに抗うかのように体を震わせ、絞り出すように言った。
「お願い、が…あるの……」




