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 水面の途切れている場所か、橋でもないかとアダンとリュシオルは霧の奥に目を凝らしながら水辺を進んでいく。二人はそうしてしばらく進んでいたが、その足ははたと止まった。

 進んだ先にも別の蚯蚓の沼があったのだ。沼の木々の近くに渡し守の簡素な船着き場が見えたが、いくつかの木船はどれも血で汚れていた。アダンはうんざりといった様子で首を回して溜め気息混じりに口を開いた。


「どうにかして渡るしかないか」

「そうする他はない……かな」

「あそこの船、蚯蚓の沼に取り込まれる前にどうにか移動させないとな」

「ああ……そう、しよう」

「リュシオル?」


 アダンが顔を覗き込むと、リュシオルの顔は青白くなっていることが分かった。ただでさえ白い顔が更に白くなり、きめ細やかな肌には脂汗が浮いている。アダンが声をかけようと近づくと、口に手をあて咳込み始めた。


「おい、どうかしたか」


 アダンは苦しそうに丸められたリュシオルの背を撫でるが、咳は一向に収まらない。しだいに咳が強くなり、口を押える指の隙間から血が流れ出ているのが見えた。


「おいしっかりしろ!」

「ゴホッ、ガハッ……大丈夫だよ、僕も思ったより疲れがたまってた、らしい」


 そう言うリュシオルの顔から汗は引いたものの、後を引くように小さい咳を繰り返す彼の顔はまだ青白い。苦しむリュシオルの姿を見て、アダンの脳裏に浮かんだのはある噂話。


 蟲頭に狂わされた人間は、長くは生きられないという噂。


 誰かがきちんと調べ、統計を取ったわけでもない。そもそも狂わされた人間の正気を取り戻せた事例が極端に少ないのだ。だから正気を取り戻した者が長く生きられないなど分かるはずもないのだ。

 だが、現にこうしてリュシオルは不可解な咳を繰り返している。アダンの頭の中に冷たくおぞましい想像ばかりが巡る。そうして黙ったアダンを見て、リュシオルは鼻で笑った。


「君の考えていることは分かるよアダン、狂った人間はすぐ死ぬって噂だろう」

「……ああ」

「そこは気を使って違うって言えよ」

「すまん」

「ふん、そんな噂信じてるなんて君も案外俗っぽいんだな」

「ゾク……?」

「いいから、僕は大丈夫だ」


 吐き捨てるように言ったリュシオルに「本当なんだな」とアダンが尋ねると、リュシオルは苛立たしげに手を振って答えた。アダンは頷くと、手甲の体液から長いフックのようなものを作った。船を岸に寄せようというのだろう。


 木船に向かった歩きだしたアダンの背後で、リュシオルはぽつりと呟いた。


「……噂に、決まってる……」

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