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蟲頭

 アダンは焚火から離れ、見張りをしているエフィの様子を見に向かった。


 いくつか蟲除けの草が焚かれているかがり火を通り過ぎるているうちに、アダンは今自分たちが居るところは小さな集落だと気が付いた。集落を覆う杭の柵はところどころ壊れ、家屋に至ってはほぼすべてが瓦礫の山と化しているが、一晩だけの野営地には適した場所だった。

 そんな集落の唯一の入口、半壊した木製の門のところにエフィはいた。銃を手に門の向こうの闇を睨んでいたが、アダンの足音に気が付くと振り向いて大げさに手を広げた。


「やあアダン。動いて大丈夫なのかい」

「足の傷が少し疼くが、大丈夫だ」

「……例の、コーラカル君が言っていた傷かい」

「ああ、気が付いたら信じられない速さで動いてた」

「そうか……」


 エフィはそれだけ言うと黙ってしまった。

 虚ろな目をぼんやりとアダンの足元に向け、身じろぎ一つしなかった。


「大丈夫かエフィ」

「ん? なにがだい」

「辛そうに見える」

「そんなことは無いさ! これからは私が『鶯』の長だからね! ちょっとやそっとで弱音は吐いていられないさ!」

「弱音ならいつでも吐いていい、無理だけはしないでくれ。これ以上仲間が死ぬのは嫌だ」


 アダンが抑揚のない声でそう言うと、エフィは少しの間口をつぐんでから「ありがとう!」といつもの調子で返した。ふと足音が聞こえ振り返ると、そこにはグリレが居た。 


「あ、あああアダン、いたんだね……」

「ああ、どうかしたのか」

「いや、そっそろそろ見張りの交代だから……さ、さっきはごめん。なんかもう、あっ、あああ頭の中ぐちゃぐちゃで」

「俺もだ」

「ほっ、ほんとに? そ、そそっそうは見えない、けど」

「俺がもう少し注意を払っていれば、シガールは死なずにすんだかもしれない。そう思うと、頭がおかしくなりそうだ」

「……アダン君」

「それに、長い事気絶してたせいか笑顔不足でな」

「き、ききき君ってさ……」

「シガールもきっと、俺らがしょげてるより笑ってた方が喜んでくれるはずだ」

「……そ、そそっそうだね」

「ああ、アダン君の言う通りだ」


 グリレとエフィは無理に笑顔を作り、アダンは「いい笑顔だ」と言ってエフィと共にその場を後にした。休むためにマイたちがいる焚火へ戻ったエフィと別れ、もう一つの焚火へと向かった。荷台近くに焚かれた火に、ちょうど今蟲除けの草がくべられ、煙が立ち上った。その煙の向こうにはリュシオルが居た。


「荷物は無事か?」

「……ああ、アダンか。さっきは……すまなかった」


 リュシオルは力なくそう言うと、焚火の傍に腰を下ろし、両の手で美しい顔を覆った。


「これからどうなるんだ……」

「とりあえずは拠点に戻らないとな」

「戻ったところでどうなる、シガールはいない。これ以上遠征を繰り返す気もみんな起きないだろう。せいぜい柵内で細々と生きながらえるだけだろう。それにいつ蜻蛉みたいな蟲が来るかもわからないんだ……ああ、どうしたら――」


 リュシオルが顔から手を離した一瞬の隙に、アダンは後ろに回り込んで彼の綺麗な頬を指で吊り上げた。


「……なにひてる」

「笑えばいいだろう」

「……笑えないね」

「そうか、残念だ」


 アダンが少ししゅんとした様子で隣に座ると、リュシオルは大きくため息を吐いた。だが、そのため息は悲観や怒りの色は薄かった。


「ああ、僕もアダンみたいに単純な頭だったらなあ」

「俺みたいな頭じゃこの武器は造れないだろ」

「そうだね、言ってみただけだよ……って少しは言葉の裏を読み取ってくれよ」


 アダンが真面目腐った声色で「すまん」と言うと、リュシオルは呆れたように笑った。


「なんだ、笑えるじゃないか」

「これは呆れて……ああもういいよ、なんか笑いたくなってきた」

「よし、じゃあ笑ってくれ」

「身構えるなよ、そんなに見られてたら笑えるもんか」

「なんでだ、笑いたくなったんだろ」

「あーはいはい、笑うから……」


 リュシオルはこほんと小さく咳ばらいをし、しばらく「あー」とか「んー」とか唸っていたが、やがて意を決したように膝を叩き、無理やりに笑顔を作った。

 だが、リュシオルのヘタな笑顔はアダンには見えなかった。アダンが気が付いた時には、リュシオルに何かが覆い被さっていた。


仲間ではない。

やせこけた人間。

だが、頭は人間ではなく――蟲だ。


 アダンは咄嗟にリュシオルに覆いかぶさった化け物を蹴り飛ばした。

 吹き飛び転がったその蟲の頭を、背負っていたシガールの刀で両断した。


「おい、リュシオル!」

「う、グ……!」

「しっかりしろ、俺の目を見ろ! 皆気をつけろ! 『蟲頭』だ!」


 蟲頭――やせこけた人間の頭の天辺から胸のあたりまで、昆虫の複眼に覆われたような醜悪な姿の蟲だ。目立った攻撃も強固な甲殻も持ち合わせおらず、純粋な戦闘力は鶯どころか一般人にも叶わないほどだった。だが、その不気味な複眼に見つめられると、人間は発狂し、手当たり次第に人を殺して最後には自らの命も絶ってしまう。

 その様子を、蟲頭はただじっと見つめるのだ。


「しっかりしろ! おい、聞こえてるか!」

「うう、グア、ガ……!」

「駄目か……!」

「ウグ……ガァ!」


 リュシオルは自身の得物である矢を握り、アダンに向けて突き立てた。アダンは矢じりが目に突き刺さる寸前に受け止め、リュシオルを突き飛ばした。地面に倒れ込んだリュシオルは獣のような唸り声をあげて再度アダンに襲い掛かった。アダンは突き出された矢の一撃を背後に回り込むようにかわし、リュシオルの首に腕を回して動脈を圧迫するように絞めた。


「ガ…グ……」


 アダンがリュシオルの頭を後ろから抱き抱えるように締め上げると、もがいていたリュシオルも数秒の後にだらりと体を弛緩させた。

 発狂した人間を元に戻すには、一度気絶させればよかった。もっとも、凶暴化した人間を気絶させるのは至難の業である。アダンも今初めて行ったが、リュシオルがアダンよりも力が弱かったため手際よくできたのだ。体格や筋力が同等かそれ以上の場合、無傷で気絶させるのは不可能だろう。


「皆! 無事か!」


 アダンが叫ぶと、銃声や殴打の音の音が聞こえ、少し待つと鶯たちが姿を見せた。エフィとマイは油断なく辺りに視線を走らせ、オーはアカリと負傷したファレーナを抱えていた。


「みんないるか!」


 エフィの掛け声で、鶯たちは互いの姿を確認した。

 そしてすぐ、全員から血の気が引いた。


「グリレは……?」


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