ならいい
シガールの亡骸の前で、三人は立ち尽くしていた。彼が死んだという事実をはっきりと実感できないまま、アダンは背後のコーラカルに振り返った。
「さっき言ってたのはなんだ……神とかなんとか……それにお前、蜻蛉を『彼』と呼んだな……こいつの正体を知っていたのか」
「……はい、私は全てを知っていました。そのことを思い出したのです」
「思い、出した……?」
「蟲も、この世界も『神』に作り出されたものなのです」
「今そんな話は……」
「私の言う神とは皆様の言う『神』ではありません。もっと具体的で、言うならば……神を自称する一人の人間です。その者はこの世界の成り立ちに関与しているのです。皆様を苦しめ、絶望させるために蟲を生み出し、世に放ちました。私の言う『神』とは、ただ絶望を求めるだけの存在です。そのたった一人の者がこの世界のあり様を歪めてしまったのです」
アダンとマイは言葉も発さずに立ち尽くした。目の前の仲間が何を言っているのか何一つ理解できなかった。
「彼も……『蜻蛉』も、もともとは人間でした。アダン様たちと同じく蟲を狩る側。蟲を狩り、その体液を浴び、人ならざる力を得ました。鶯の皆様も、心当たりがあるはずです。人並外れた腕力や視力、呪術……そういったものは先天的に与えられたものではありません。蟲と戦う中で開花していったものです」
押し黙る二人に構わず、コーラカルは続けた。
「ですが、新たな力は精神を侵します。蜻蛉も、仲間たちの死を目の当たりにし、荒んでいく世界を歩むうち、狂を発せられてしまったのです。それが『神』の狙いです。彼は『神』のお気に入りの玩具になり、神に使われ絶望を広めるだけの存在に……。ですが、彼の力はアダン様とマイ様に受け継がれました。お二人は『神』に近づいたのです。アダン様、マイ様。どうぞ気を確かにお持ちください。そしていずれ、神を――」
コーラカルの言葉を遮り、アダンは彼女の腕を掴んで引き寄せた。彼の表情からはいつも以上に感情が読み取れなかった。マイの手が反射的にアダンを止めようを伸びたが、彼に届く前にその手は下ろされてしまった。
「お前の言っている事はひとつも分からん」
「……突拍子もない事とだということは理解しています、ですが」
「一つだけ確認させろ。お前が俺たちに言った事は本当なのか」
「はい、この世界は――」
「違う、俺たちに言った――お前の『したい事』だ」
「……この世界を救いたい、ということですか」
アダンは無表情のまま頷いた。
「はい、その想いに嘘偽りはありません」
「……そうか、ならいい」
アダンがコーラカルから手を離すと同時に、仲間たちが砦に入ってきた。シガールの死体に気が付き、彼らの表情は固まった。仲間たちはアダンたちに駆け寄り、何かを口々に問いかけたが、アダンたちの耳に言葉として届くことはなかった。
アダンとマイは、折り重なるように地面に倒れた。




