夕焼けの教会
そのまましばらく走り続けると、小高い丘の麓に出た。
太陽は西の空に傾き始め、さっきまで真っ青だった空は少しずつ橙色に染まり始めていた。どこからかやってきた雁の群れが綺麗なV字を作って飛び去って行く。それを目で追っていくと、丘の上に小さな教会があることに気が付いた。これまたベタな風景だなと思った。絵画教室に行っていた頃、よくこんな絵を描いていた。何枚も何枚も、同じ絵ばかり。「もっと他の絵も描きなさい」と怒られたものだ。
少年はまるで疲れていないのか、今度はその教会目掛けて一直線に走り出した。私も当たり前のようにそのあとに続く。
白い教会は西陽を浴び、その半身を淡い橙色に染めていた。入り口の扉は開け放たれており、中に人の気配がする。少年は迷わずその中に入っていった。
やはり中には人がいた。腰の曲がった年配のシスター一人と、見覚えのある人影が三人。いずれも喪服姿だ。
十字架の下には白い棺があった。四人はそれを取り囲むようにして立っていた。
「ああ。まさか亡くなるなんてねぇ。気がついてあげられなくて……」
「可哀想だな。まだまだ若かったのに、勿体ない。」
「大人しい人でしたよね。何がそんなに辛かったんでしょうね?」
喪服姿の三人は口々にそう言って、ハンカチで涙を拭った。どうやらもう葬儀は終わった後のように見えた。
私はひどく動揺した。その喪服の三人というのは、職場で例の発言をしていた人達だったのだ。
「あの子またミスしたの? 全然仕事できないよね。親のコネかな」
「なんか変なんだよなぁ。頭が弱いっていうか、コミュ障っていうか。全然愛想もないしさ。美人じゃないなら愛想良くしないと結婚もできないよ」
「ほんと使えない。誰よ? あんなのに内定出したのは」
ステンドグラスを西陽が輝かせた。一筋の光が、真っ直ぐに棺の中へ降り注ぐ。そこには誰かが横たわっている。
喪服の三人は私が見えていないかのようにその場から立ち去っていった。私はそれをなすすべもなく黙って見送ると、静かに棺の方へ近づいた。日の光は遺体の頬を照らしていた。
私の遺体が、そこにはあった。
首にはロープの痕がうっすらと見える。喪服の三人が言っていた内容からして、自殺か。
私は驚愕し、その場に立ち竦んだ。
「どうして……」
数秒の沈黙の後、やっとの思いで絞り出した言葉だった。
「大変、御悔やみ申し上げます」
シスターがゆっくりとやって来て、私に声を掛けた。
「しかしこれは大変喜ばしい事なのです」
彼女は続けた。喜ばしい?
「本来、直線的な死は無意味です。何も生み出しません。しかし間接的な死は、再生を意味するのです。これは今のあなたにとって、必要なセレモニーと言えるのでしょう」
「はい……?」
何を言っているのかさっぱりだったが、シスターは私に一輪の百合を渡すと、遺体の方を見た。花を手向けろということらしかった。
「結局は、あなたひとりの世界なのです。決定権は常にあなたにあります。大丈夫です。神は見守ってくださいます」
シスターはそう言って微笑みを浮かべると、静かにその場を立ち去った。
私は受け取った花を棺の中へ入れた。その瞬間、死んだはずの私の目が開いた。