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有り余る明日  作者: 大海生吹
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霧雨の町

 空はどんよりと曇っていた。

 薄汚れた分厚い雲が天を覆いつくしている。四月だというのに風は肌寒く、道路沿いに咲いた桜もどこか具合が悪そうに見える。まるで綺麗じゃない。

 春は嫌いだ。嫌な事ばかり思い出す。春という季節特有のポジティブさがどうも受け付けない。ストレスになることばかりではないか。春なんて。

 私は外をぶらつきながら、なんとなくスマートフォンをポケットから取り出し、友達のツイッターやインスタグラムのページをスクロールした。加工済みのきらきらした笑顔やカラフルなスイーツの写真が目に毒だ。暗い顔をしている自分と比較し、ますます暗い顔をしてしまうのは必至である。そうわかっていても、見てしまう。気になってしまう。これらは他人に見せるためにだけ用意された、膨大な日常の中にある一コマなのだと理解していながら……

 しかし、そんな一コマすら持っていない私はどうすればいいのだろう。

 私は乱暴にスマホをポケットに押し込むと、誰も待ってなどいないアパートの部屋に向かって歩き出した。

 誰もいない部屋に帰ると、私はだらしなくヒールを脱ぎ散らかし、(そもそもどうして仕事にヒールが必要なのかわからない)鞄を部屋の隅に放り投げると、勢い良くベッドの上にダイブした。

 涙が出てきた。思い返せばこの二年間、本当に嫌なことばかりだったのだ。

 卒業間際でようやく手に入れた内定。周りの友達は泣いて喜び、母親はほっと胸を撫で下ろしたものだ。とある中小企業に事務員として就職し、毎日死に物狂いで目の前の仕事と格闘した。


「あの子またミスしたの?全然仕事できないよね。コネ入社?」

「なんか変なんだよなぁ。頭が弱いっていうか、コミュ障っていうか。全然愛想もないしさ。美人じゃないなら愛想良くしないと、結婚もできないのに」

「ほんと使えない。誰よ? あんなのに内定出したのは」


 心無い言葉を耳にするようになったのは、入社してから半年が経った頃だった。

 わざと私に聞こえるように言う者もいれば、ひそひそ話しているのを偶然聞いてしまったこともある。

 もちろん、そんな私を見て心配してくれた心優しい先輩もいた。しかし、私にとってはそんな仄かな優しさよりも、他の人間の嫌悪の方がずっと影響力があったのだ。


 私はベッドの上で泣いていた。泣きながら、ここのところ仕事のことばかり考えていたせいで、長いことシーツを洗っていなかったことに気がついた。そっと、鼻を押し付けてみる。

「あ、臭っ……」

 思わずボソッと声が出た。こんなことは言いたくないが、ちょっと……本当にちょっとだけ臭かった。

 外を見ると、いつの間にかしやしやと雨が降っていた。時間も時間だし、これから洗うというわけにもいかなそうだった。

「はぁ……」

 私は溜め息をつき、ほんのちょっとだけ臭うベッドから降りると、冷蔵庫の方へ向かった。泣きすぎてお腹がへったのだ。

 冷蔵庫には何故か酒とマヨネーズしかなかった。確か、昨日の帰りにスーパーで食材を買ったような気がしたが、頭がぼんやりしていてうまく記憶を辿れない。

 マヨネーズを啜りながら一杯やれとでも言うのか。私は無言でそっと扉を閉めた。生憎今はマヨネーズを啜る気分ではない。

 仕方がないので近くのコンビニで何か買ってこようと思い、スニーカーを履いて外に出た。

 霧雨が町全体を白く覆っていた。昔やったホラーゲームに出てくる町のようだと思いながら国道沿いの歩道を歩いていると、ふとあることに気がついた。

 車が一台も走っていない。平日の夕方なら、帰宅途中の車が走っていなければおかしいはずだ。それなのに、車どころか人の気配すら消えていた。

 そのままコンビニまで歩みを進めたが、本来コンビニがあるべき場所にはとんでもないものが鎮座していた。

 遺跡のようなトンネルが、何もない駐車場にぽっかりと口を開けていたのだ。

 どうも石を切り出して創られたであろうそれは、昔遠足で登った山で見た石切場に似ていた。

 石には深い緑色をした苔がみっしり生えており、良く見てみると白っぽい小さな花まで咲かせている。

「……何これ?」

 いつからこのコンビニは遺跡になってしまったのか。私は職場で居場所を失ったショックでタイムスリップでもしてしまったのだろうかと思った。

 背後から誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえた。

 まさか化け物かなどとくだらないことを考えていると、その誰かは私に声を掛けてきた。

「ねえ。ここ入り口だよ」

 真夏のような服装をした小さな男の子がいた。日本人には見えなかった。

「えっ、あっ、はい……」

 私は特に考えもせずに返事してしまった。

「今から入るから一緒についてきて」

 やけに馴れ馴れしい少年はそう告げると、軽快な足取りでトンネルの中に入っていった。

「あっ、ちょっと!」

 私は叫んだ。突如現れた正体不明のトンネルに子供一人で入るなんて、さすがに危険すぎる。どこに繋がっているかもわからない。

 気が付けば、私は少年を追っていた。


 

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