ボーイ・ミーツ・ガール再び (前)
人生に春夏秋冬があるならば、アルハ・クルメギにとって今こそまさに冬だった。
十ヶ月の魔法学院予科課程を経て、卒業試験を二ヶ月後に控えたある日。
「うげぇ、赤点……」
壁に張り出された、魔法史の凄惨なテスト結果に、アルハは顔をしかめた。
「あらあら、まあまあ、アルハさん。またまた赤点ですのね?」
そんなアルハに、話しかけてくる少女がいた。
アルハと同じ、魔法学院予科生の制服を纏った、金髪の美少女だった。
「ヘンリエッタ……」
彼女はヘンリエッタ・バートン。
何かにつけてアルハと張り合う、アルハにとってはライバルのような娘だった。
「成績不良、おまけにパートナー不在だなんて。卒業見込みゼロですわね」
おほほほ、と。ヘンリエッタが、高笑いする。
「……あんただってギリギリ合格ラインのくせに」
「まあ、そんなこと。結果はどうあれ、合格すればよいのですわ。合格と不合格では大違いですもの」
「……くうっ」
言い返す言葉もなく、アルハは歯を食いしばるばかりだった。
「まあまあ、二人とも」
と、そんな二人の様子を、一人の青年が見守っていた。
「アルハちゃん、オレは応援するよ! 一緒に卒業しようね!」
茶髪の青年――コンラッド・デュランだった。
彼もまた、予科生の男子制服を身につけた、魔法学院の生徒である。
「うわああん、コンラッドぉぉ!!」
アルハは、頭一つ分大きい青年に縋り付いた。
コンラッドはアルハを抱き留めると、よしよし、と彼女の頭を撫でてやった。
「こんな性悪成金女のパートナーやめて、あたしと組もうよー」
「誰が成金ですって?」
ヘンリエッタの眉が上がる。
ヘンリエッタは爵位を金で買った地方貴族の家の娘で、成金という言葉には敏感だった。
「コンラッド! あなた……自分の主人が誰か、忘れたわけではありませんわね?」
「へいへい」
ヘンリエッタに命じられ、コンラッドはするりと、アルハから手を離した。
「ごめんねー。オレ、可愛い娘の味方なんだけど、今はヘンリエッタお嬢様に雇われてるから」
ヘンリエッタとコンラッドは、パートナー同士だった。
ただし、コンラッドは入学直後にヘンリエッタに買収されて、パートナーを組んでいたのだが。
「あーあー、いいよね、パートナー持ちは。後はもう卒業試験だけじゃない」
魔法学院では、この先二ヶ月は試験勉強期間となる。
授業の参加も任意となり、めいめいがパートナーと一緒に卒業試験に向けての調整に入る。
「まあ、その試験勉強が大変なんだけどね……」
と、コンラッド。
卒業試験の試験範囲は、『この十ヶ月で学習したこと全て』となっている。
試験形式も不明。おそらくは、筆記と実技、両方を兼ねた試験になる――と、予想されていた。
「まあ、アルハちゃんの場合は、試験勉強の前にパートナー探しだね。がんばれ!」
「――といっても、もうほとんどが売れ残りでしょうけどね」
きょほほっ、とヘンリエッタが笑う。
「うっ……」
ヘンリエッタの言葉は事実だった。
予科生のほとんどは入学して三ヶ月以内にはパートナーを見つけている。
「残りと言えば……あなたと同じボンクラ赤点仲間に、色恋沙汰で喧嘩別れしたカップル。あと、唯一まともな存在は……」
――と、ヘンリエッタは、壁に張り出されているテスト結果の、一番右側を見た。
一番右――すなわち、テスト結果一位の名前を。
「どこかの主席様でしょうね」
セブン・カラーズ魔法学院予科生主席――アドルフ・シュヴァイツァー。
成績優秀。容姿端麗。品行方正。
三拍子揃った彼は、セブン・カラーズ始まって以来の天才と呼ばれていた。
「すごいよねー、アドルフくん。噂では、知識量はもう、本科生以上だとか」
「うん……でも、主席なのにパートナー不在なんて、なんでだろ」
「あちらは引く手あまたなのですわ。劣等生でパートナーのなり手のいないアナタとは大違い」
ヘンリエッタの言葉に、うう……とアルハは項垂れた。
「そんなに落ち込むことはありませんわ、アルハさん」
「ヘンリエッタ……」
「あなたの場合、入学出来たのが何かの間違いなのですから、卒業できなくても仕方がありませんもの」
「……一瞬でも慰められたと思ったあたしが馬鹿だった」
アルハはきびすを返す。
「あら、これからどちらへ?」
「パートナー探し! あんたに構ってるほど、あたし、暇じゃないんだからっ」
捨て台詞を吐いて、ぷりぷりと、アルハは中庭の方へと歩いて行った。
「……ちょっと言い過ぎたんじゃないかい、お嬢様?」
「アルハさんにとっては、あのくらいでちょうどいいのですわ。褒めればすぐに調子に乗るのですから」
……二人のそんなやりとりがあったことなど、アルハは知るよしもなかった。