ボーイ・ミーツ・ガール (後)
やがて列車は、地下へと進む。
「わあ……! お兄さん、この先が海中隧道みたいですよ!」
わくわくと楽しそうに、車窓から外を眺める、少女。
車窓からは、仄暗い水面しか見えないが、それでも少女は楽しそうだった。
「海の中を走るなんて、面白いですよね。どうして窒息しないんだろう……」
「……窒息しないのは、魔法装置で換気が行われているからだ」
「へえ……物知りなんですね、お兄さん」
(むしろ、魔法学院の生徒なら誰でも知っていることだが……)
とは言わず、アドルフは心の中にとどめておく。
少女のしょげる姿が目に浮ぶからだ。
『まもなく終点、セブン・カラーズ魔法学院です。皆様、お忘れもののないようお気をつけください――』
駅員のアナウンスが、車内にこだまする。
「あ、到着するみたいですよ!! セブン・カラーズってどんなところかなぁ。あたし、初めて来るんです。あ、ちょっと――」
アドルフは荷棚からトランクケースを降ろすと、そそくさと座席を後にした。
これ以上この少女と馴れ合ってしまえば、本来の目的が果たせなくなってしまいそうだった。
列車を降り立ったアドルフは、係員に切符をみせると、駅を出た。
(ここが、セブン・カラーズ……)
それは、孤島にある、天然の監獄。
セブン・カラーズ魔法学院。大陸一の魔法学校だ。
――神亡き世。
この世界がそう称されるようになって久しくなる。
数百年前に起きた終末戦争によって、神々はこの世を去った。
神々の消失。これにより、ヒーリング術といった、人々を護る神秘の力は永遠に失われた。
そうして遺されたのは、人を害し、傷つけ、殺めるための――魔法。
神々の時代に虐げられていた、魔法使いや魔女達が、この世の中を牛耳るようになったのだ。
まさに、世は――大魔法時代であった。
「【追跡】」
そして今もまた、誰かが魔法を使っていた。
――【追跡】
物品や身体の一部、体液などを元に、その持ち主を探し当てる魔法だ。
しゅるり。黒い糸のようなものが、アドルフの指先に絡みついた。
「みつけたーっ、そこの銀髪のお兄さーん」
【追跡】魔法を使っていたのは、先程まで隣の席に座っていた、黒髪の少女だった。
「よかった。はい、これ忘れ物ですよ」
【追跡】魔法の元となったものを、アドルフに手渡す。
それは、アドルフが持参した、読みかけの本だった。
「――どうも」
軽く会釈して、アドルフは立ち去ろうとした。
「待って! ……あたし、アルハ・クルメギっていいます。ええと……」
懸命に、少女――アルハはアドルフを呼び止めた。
「これも何かの縁ですし、よかったら、あたしと友達になってくれませんか?」
「……気が向いたら」
そう答えて、アドルフはアルハを置いて、校門へ向かって歩き始めた。