ボーイ・ミーツ・ガール (前)
特急列車アイゼンフリートは、定刻通り、セブン・カラーズ魔法学院に向けて出発した。
車内は、魔法学院の新入生とおぼしき少年少女で満員だった。その人垣を越えて、乗車チケットに書かれた席番号を探す。――目的の席は直ぐに見つかった。
小振りなトランクケースを荷棚に乗せると、アドルフ・シュヴァイツァーは、予約していた座席に着いた。三等客車の座席は、これから数時間を共にするとは信じたくないほどに硬かった。
「ねえ、あの人……」
「やだ……素敵……」
周りの少女達が、妙に騒がしい。
自分の容姿が悪目立ちしていることには気付いていた。しかし、それもアドルフは慣れっこだった。特に気にせず、読みかけの本を上着のポケットから取り出して。ページをめくった。
「あの……! 隣、失礼します!」
程なくして、アドルフの隣の席も埋まる。
隣の席に座ったのは、黒髪の少女だった。大きなトランクケースを持って、魔法学院予科生の制服を身につけている。
「あ、お兄さんも予科生なんですね。よろしくお願いします!」
アドルフが身につけていた魔法学院予科生の制服を見て、少女は安心したように笑った。
それは、世間ズレしていなさそうな、明るく朗らかな笑顔だった。
「あたし、入学のためにヤシマから来たんですよー。ここまで船と列車で十時間以上かかっちゃって。でも、この座席はふかふかでいいですね!」
椅子の座り心地を確かめて、少女はニコニコと笑っていた。
――ヤシマ。それは確か、大陸の東にある小さな島国だ。アドルフはそう記憶している。
独特の文化を持つというその国からやってきたという少女が、こんな硬い座席をふかふかと称するのに、アドルフは少し驚いて――目線を読みかけの本に戻した。なかなか、たくましそうな娘だった。
「きれいな瞳……」
アドルフの蒼玉のように澄んだ瞳を見て、少女が呟いた。
それだけではない。アドルフの顔立ちは端正に整っており、髪は癖のない銀髪。一方肌は、なめらかで浅黒い色をしていた。
女性なら、誰もが感嘆せずにはいられない。
そんな美丈夫が、アドルフだった。
「お兄さんはどちらの出身ですか?」
「……………………」
少女の問いかけを無視して、アドルフは本を読み続ける。
「……ごめんなさい。突っ込んだことを聞いてしまいました」
「……………………」
少女は、しょげた。
「……………………」
「…………ローゼスだ」
しばしの間の後、観念してアドルフが答えると、少女の顔が、ぱあっと明るくなった。
「ああ、ローゼス国のご出身なんですね! あそこは、とても豊かな国だって聞いてます。素敵ですね!」
アドルフの返答に、少女は嬉しそうに応えた。
「あ、そうだ! 知ってます? 今年の新入生総代って、入試問題の筆記試験を全教科満点で入学したらしいですよ!? すごいですよねー」
「……そうか?」
あんな問題。アドルフにとっては、解けて当たり前のものばかりだったが……。
「そうですよー。あたしなんか、あの試験、ぎりぎり合格ラインですもん。合格者の一〇〇人中、九六位合格だって、合格証に書いてありました」
てへへ、と少女が頭を掻く。
「そういえば、知ってます? 学院の南校舎には――なんと、亡霊が居るんですって!」
――少女は饒舌だった。
魔法学院の噂話。故郷の両親や友人のこと。
最初は適当に相づちを打っているだけだったアドルフも、いつの間にか、それを少し楽しんでいる自分がいることに気がついた。
長時間座りっぱなしであるということも気にならないほどに――。