第4回 スペイン語
1 導入
スペイン語がアニメなどのネーミングに用いられる頻度は、ドイツ語、フランス語、イタリア語と比べ、かなり落ちるように感じます。
にもかかわらず、当方が本連載にスペイン語を加えたのは、スペイン語がファンタジーなどの創作においても、極めて利便性の高い言語だと考えるからです。
スペインは16世紀に、メキシコ以南の大部分を征服しました。そのため、これらの地域の多くで、スペイン語が公用語の地位にあります。
スペイン語は、たかがネーミングのために読みかただけ学ぶにとどまらず、文法なども本格的に勉強するに値する、非常に美味しい言語なのです。
ファンタジー的な観点から重要なのは、上記の地域にメキシコ、グアテマラ、ペルーが含まれていることです。これはとりもなおさず、アステカ、マヤ、インカの神話の固有名詞が、スペイン語に近い表記法で記される、ということを意味します。
スペイン語の読みかたは、ドイツ語やイタリア語と比べてもかなり簡単です。ほぼローマ字読みでいけます。
一部、英語など他の言語とは大きく異なるものがあります。が、ごく僅かです。
今回も、実例は神話から集めました。中には若干、アステカやマヤの神話に由来するものもあります。
それらの語は、スペイン語で発音する際も、スペイン語の本来の規則とは異なる読みかたになる場合が多いです。しかし、この頁に掲げたものに限っては、スペイン語の原則に完全に従っているものばかりです。
2 文字
ラテン文字を使用します。うちkとwは外来語だけに現れます。
また、nにチルダという綴り字記号を付けたÑ/ñ(エニェ)も、1つの独立した文字として扱います。チルダは文字の上の「~」です。ポルトガル語では、aやoにチルダを付けて、鼻母音を表します。
綴り字記号として、チルダ以外にも、鋭アクセント(á、óなど)とトレマ(ü)を用います。
鋭アクセントはアクセント(→6)を示します。が、スペイン語ではアクセントの位置には法則があり、それに従わない例外的な場合にだけ、鋭アクセントを付けます。
トレマの用法は後述(→5)。
ほとんどの文字が、音素と1対1で対応します。しかし、例外的に2文字で1つの音を表す場合が、若干あります。そのうちchとllは昔、1文字とみなされていました。
3 母音
母音字はa、e、i、o、uの5つ。uは口を尖らせるという点を除き、ほぼ日本語のア、エ、イ、オ、ウと同じです。
eとoに、閉口音と開口音の区別は無いようです。一部、oを閉口音のように書いている本もありましたが、一方で、単語ごとに閉口音の発音記号と開口音の発音記号が混雑している辞書もあります。
iまたはuといずれかの母音字が隣接すると、二重母音になります。いずれかの母音が前後ともiまたはuで挟まれると、三重母音になります。ただし、iやuにアクセント(→6)がある場合は、別々の母音として読みます。
二重母音や三重母音になっても、綴り通りに読みます。よって、カナ書きする限りでは、iやuが他の母音字と共に二重母音などに属するか、独立した音節を為すかを、気にする必要はありません。
iもuも含まない二重母音や、最初または最後がiでもuでもない三重母音は、ありません。
4 子音(1文字の場合)
【b、d、m、p、s、t】全てローマ字と同じ。ドイツ語、フランス語、イタリア語とは異なり、sがzの音になることはありません。また、dは語末にあると、ほとんど聞こえません。
【f、l】いずれも英語と同じ。
【c】(1)eまたはiが後続すると、後述するzと同じ。(2)それ以外ならばローマ字のk。
(例)cerbatana/セルバタナ(吹き矢を放つ筒。『ポポル・ヴフ』で、イシュバランケーとフンアフプーがヴクブ・カキシュ相手に使用)
【g】(1)eまたはiが後続すると、後述するjと同じ。(2)それ以外は、英語のdragon/ドラゴン(竜)のg。
【h】発音しません。
(例)huracán/ウラカン(ハリケーン。『ポポル・ヴフ』に登場するフラカンという神が語源らしい)
【j】ローマ字のkに対応する摩擦音。kの音が生じる口の中の奥あたりで、口蓋と舌の間を狭め、その間を息が通過する時に出る音。
ドイツ語のNacht/ナハト(夜)のchと同じ音です。ハ行でカナ書きします。
語末に来ると、ほとんど聞こえません。
(例)José/ホセ(【聖書】ヨセフ。聖母マリアの夫が有名ですが、この名前の人は他にもいます)
【n】英語のdemon/デーモン(悪魔)のn。
【ñ】nに近い音ですが、舌の先端から半分ほどを、べったり口蓋に付けます。ニャニュニョでカナ書きします。
実際ニャニュニョに非常に似ていますが、ローマ字のy(半母音)は含まず、これで1つの子音です。しかし、単に「ニャ行」と説明する教科書がむしろ大半です。
フランス語、及びイタリア語のgnと同じ発音です。
【q】必ずque、quiという綴りで現れます(→5)。
【r】
(1) 語頭、またはl、n、sのいずれかの後にあれば、巻き舌。ライオンの真似をしてガルルルル……、と言う時の音。
(2) それ以外ならば、舌先を上の歯茎に当ててはじきます。日本語のラ行は、これに近いといわれています。
どちらにせよ、カナ書きする時はラ行です。
【v】bと同じ。ヴではなくブ。
(例)leviatán/レビアタン(【旧約】レビヤタン。英語でリヴァイアサン):レヴィアタンではありません。
【x】(1)原則として、英語のaxe/アックス(斧)のx。(2)語頭および子音の前では、ローマ字のs。(3)México/メヒコ(メキシコ)など若干の単語では、前述のjと同じ。
(例)Xochipilli/ソチピリ(【アス神】ショチピリ。善と快楽の神):語頭なので、xはsの音。
【y】(1)母音が後続する時は子音字となり、llと同じ音(→5)。(2)母音が後続しなければ母音字となり、iと同じくイ。yだけで1単語を為す時も同様です。
【z】スペインの標準語では、英語のdeath/デス(死)のth。スペイン南部とラテンアメリカでは、sと同じ。
(例)Tlazoltéotl/トラソルテオトル(【アス神】トラソルテオトル。大地と性欲の女神):zは英語のth。
5 子音(2文字の場合)
【ch】ローマ字のchと同じ。チャチュチョでカナ書きします。
(例)Chac/チャック(【マヤ神話】チャック。雨の神。アス神のトラロックに相当)
【ll】
(1) スペインでは、「ニ」と言う時のように舌の先のほうを口蓋に当て、その状態で「リ」と言おうとします。リともギともジともつかない音が出ます。リャリュリョでカナ書きします。
イタリア語のglと同じ音。
(2) ラテンアメリカでは、ローマ字のyか、英語のmeasure/メジャー(巻き尺)のsになります。yになる地域が多いといいます。
paellaをパエーリャ(パエリアと書くことが多いか)、tortillaをトルティーヤ、ajilloをアヒージョと音訳する理由が、お分かりいただけたでしょうか。パエーリャはllをイタリア語のglと、トルティーヤはローマ字のyと、アヒージョはmeasureのsと読んだのを、それぞれ忠実に再現しています。
子音字となったy(→4)の読みも、llと同じです。
【rr】常に巻き舌のr(→4)。
(例)Gomorra/ゴモラ(【旧約】ソドムと共に火と硫黄で滅ぼされた町):rrなので巻き舌です。
【gu】(1)eまたはiが後続する場合に限り、2文字で英語のdragonのg。(2)uにトレマ(ü)が付いた場合、及びeもiも後続しない場合は、uを発音します。
(例)Miguel/ミゲル(【聖書】ミカエル。大天使):eが後続しトレマが無いので、guはgの音。
【que、qui】queはケ、quiはキ。wの音はありません。
(例)Ezequiel/エセキエル(【旧約】エゼキエル。預言者。彼の預言をまとめたのが『エゼキエル書』):エセクィエルではありません。
6 母音の長短
スペイン語に長母音はありません。ただ、アクセントのある母音を若干長く読むことはあるといいます。
Españaをエスパーニャ、Madridをマドリード、と音訳するのはそのためです。専門的な本ほど、長音符を省く傾向にあります。
アクセントがあっても長音符を付けない、という方針でいくならば、カナ書きするに当たって、アクセントの位置を考慮する必要はありません。
アクセントの位置は、次のように決まります。
(1) 語末が母音、s、nのいずれかである単語は、最後から2番目の音節にあります。
(2) それ以外の単語は、最後の音節にあります。
(3) 以上の規則に従わない場合、アクセントのある母音字に鋭アクセント(á、ó)を付けます。
(例)Tlaloc/トラロック(【アス神】トラロック。雨、雷、農耕の神):(2)に該当するので、アクセントはoにあります。
(例)Jeremías/ヘレミアス(【旧約】エレミヤ。預言者。預言は『エレミヤ書』):(3)の例。仮にiにアクセントが無ければ、iaが二重母音(→3)になり、語末がsなので(1)が適用され、最後から2番目の音節であるreにアクセントがかかるはずです。