第2回 フランス語
1 導入
最初に警告いたします。
フランス語によほど強いこだわり、ないし思い入れがあるか、語学のセンスに相当の自信があるのでなければ、この頁は飛ばして、次のイタリア語へ進んでください。
フランス語はそれくらい、発音が難しいです。発音だけで1冊の本が出るほどです。もう1つ言えば、フランス語だけのために、当方が何度も本連載の執筆を投げ出しかけたくらいです。
英語と比べれば、規則的なほうです。しかしその規則が、突拍子もなさ過ぎるのです。英語やローマ字と同じように読むと、まず間違いなく失敗します。
rendez-vousをランデヴー、gourmetをグルメ、art nouveauをアールヌーヴォーと読むなどと、誰が想像できるでしょうか(反語)。
また、英語、ドイツ語、イタリア語など周囲の国々の言語に存在しない、独特の発音も多いです。
共和政ローマの時代に今のフランスに住んでいた、ケルト人(ガリ)の言語の名残りだ、という説を聞いたことがあります。しかし、そのケルト語派に属するウェールズ語やアイルランド語にも、やっぱり無かったり……。
2 文字
ラテン文字26個を使用します。また、oとeを繋げたœも使用しますが、1つの独立した文字とは扱いません。
綴り字記号としては、3種のアクセント記号(é、à、ô)、トレマ(ïなど)、セディーユ(ç)の計5つを使います。
セディーユは文字の下に書き足したJのような記号で、cだけに付きます。
アクセント記号とトレマは、母音字に打ちます。
アクセント記号は、アクセント(→10)とは関係ありません。また鋭アクセント(é)を除き、発音にも影響しません。鋭アクセントはeだけに付きます。
3 母音(1文字の場合)
【a、i、y】aはア、iとyはイ。
【o】開口音のオと閉口音のオがあります。どちらになるかは単語によるようですが、どちらでも良いとする単語も結構あります。いずれにせよ、カナ書きする時はオ段です。
【u】ウではなく、ドイツ語のウー・ウムラウト(ü)と同じ音。口を尖らせた状態でイと言います。ユと聞こえます。
(例)Durandal/デュランダル(【ロラ歌】ロランの剣)
【é、è、ê】éは閉口音のエ。èとêは開口音のエ。しかしフランス語では、開口音と閉口音の差はほとんど無いそうです。
いずれにせよ、カナ書きする時はエ段です。
(例)fée/フェ(妖精):éなので閉口音。
(例)Ève/エヴ(【旧約】エバ。イブのこと):èなので開口音。
【e】アクセント記号が無いeをどう読むかについては、あまりに法則が複雑なので、省略します。
大雑把に言えば、語末または他の母音字の直前にある場合は無音です。ただし後者について、eau(オ)やeu(ウ)のように、複数の母音字が1つの発音を表す時(→4)は、除きます。
また、語末以外の開音節では曖昧母音、閉音節では開口音のエになることが多いようです。
曖昧母音の場合、英語と違ってウ段でカナ書きします。
(例)ogre/オーグル(人食い鬼):語末なのでeは無音。
(例)Perceval/ペルスヴァル(【アサ王】パーシヴァル):perは閉音節なので、eは開口音。ceは開音節なので、eは曖昧母音。
4 母音(2文字以上の場合。鼻母音を除く)
フランス語では、複数の母音字を合わせて、1つの新しい読みかたをする場合がかなりあります。
言えることは、その「新しい読みかた」は全て単母音だということです。フランス語に二重母音や三重母音はありません。
【ai、ei】エ。
【au、eau】開口音のオ、または閉口音のオ。
(例)Paul/ポール(【新訳】パウロ。伝道者)
【eu、œu】ドイツ語のオー・ウムラウト(ö)と同じ音。閉口音のオを言う時のように口を尖らせ、その状態でエと言います。フランス語の場合、ウに聞こえます。
実際には、euとœuの間で僅かに違いがありますが、区別しなくても通じるといいます。いずれにせよ、カナ書きする時はウ段です。
(例)Matthieu/マテュー(【新訳】マタイ。十二使徒の1人。伝統的に、『マタイによる福音書』の著者とされてきた)
【ou】ドイツ語やイタリア語のuと同じ音。口を尖らせてウ。
【oi】発音の上ではwaですが、実際にはオワと聞こえます。何故か、オアとカナ書きすることもかなりあります。
上記の綴りに該当しても、後ろの母音にトレマ(ïなど)が付くと、前の母音とは分けて読みます。
(例)Mosïe/モイズ(【旧約】モーセ。イスラエル人を率いてエジプトから脱出した):モワズではありません。
5 鼻母音
母音を発する時は普通、空気は口を通って外に出ます。しかしフランス語には、空気の一部が鼻からも外に出る母音があります。これを鼻母音といいます。これに対し、通常の母音は口腔母音といいます。
鼻母音はフランス語の他、ポルトガル語やポーランド語にもあります。実は日本語も、ア行やサ行の前のンは鼻母音であるそうです。
【an、am、en、em】aに対応する鼻母音。アンとカナ書きします。
【in、im、ain、aim、ein】開口音のエに対応する鼻母音ですが、実際にはアンと聞こえます。
【un、um】œu(→4)に対応する鼻母音ですが、やはりアンと聞こえます。
【on、om】閉口音のオに対応する鼻母音。これだけはオンと聞こえます。
フランス語で、anもenもinもunも全てアンとカナ書きするのが、お分かりいただけたでしょうか。
なお、鼻母音の発音を決めるのは母音字であり、nかmかは関係ありません。単に、bやpの前ではmと、他はnと綴ることが多い、というだけの話です。
(例)Turpin/テュルパン(人名。【ロラ歌】ロランよりも無双している聖職者):テュルピンではありません。
(例)Adam/アダン(【旧約】アダム)
また、母音字にnやmが後続する場合で、鼻母音になるのは、母音字とnやmが同じ音節にある場合だけです。更に、nやmが2つ連続する時も、鼻母音になりません。
(例)ondine/オンディーヌ(水の精。ドイツ語でウンディーネ):onは鼻母音ですが、diとneは別々の音節にあるので、inで鼻母音になっている訳ではありません。
6 子音(1文字の場合)
【d、f、k、l、m、p、q、v、z】全て英語と同じ。
【c】(1)e、i、yの前、またはセディーユ(ç)が付いた時は、ローマ字のsの音。(2)それ以外はkの音。
(例)Lucifer/リュシフェール(ルシファー)
【g】(1)e、i、yの前では、後述のjと同じ。(2)それ以外では、英語のdragon/ドラゴン(竜)のgの音。
(例)Geneviève/ジュヌヴィエーヴ(パリの守護聖女。【ペレメリ】ペレアスとゴローの母)
【h】発音しません。
(例)béhémoth/ベエモット(【旧約】ベヘモット。英語でビヒーモス):hが2つとも消滅しています。
【j】英語のmeasure/メジャー(巻き尺)のs(摩擦音)。ジャジュジョでカナ書きします。
【n】鼻母音(→5)になる綴りでなければ、英語のdemon/デーモン(悪魔)のn。
後ろに母音があれば、ナ行でカナ書きします。
鼻母音にならず、後ろに母音も無い場合、ンではなくヌとカナ書きします。本当にそう聞こえるのか、鼻母音と区別するため「ン」の文字の使用を避けているのか、不明です。
(例)Mélusine/メリュジーヌ(【メリュ】上半身が女性、下半身が竜の姿をした妖精):語末のeは無音で、その直前のnがンではなくヌと記されています。
【r】舌先を下前歯の後ろに付け、そのまま舌の根本のほうを口蓋に接近させて、そのすき間に息を通します。
英語のように舌を反らす訳でも、イタリア語のような巻き舌でもありません。
当方にはラ行よりも、ハ行かガ行に聞こえるのですが、カナ書きする時はラ行です。
【s】(1)普通はローマ字のs。(2)前後が両方とも母音字の場合に限り、英語のz。
(例)Mélisande/メリザンド(【ペレメリ】ヒロインの名)
【t】(1)原則として、ローマ字のt。(2)iが後続し、かつiに更に別の母音字が続く場合、tはsの音になります。
【w】英語のwの他、vの発音になることもあるらしいです。当方は見たことがありません。
【x】
(1) 普通は英語のaxe/アックス(斧)のx。
(2) 語頭にあり、かつ母音が続く時(間にhが挟まってもよい)は、英語のexam/イグザム(試験)のxと同じ。
(3) その他、文法上の理由から、ローマ字のsや英語のzになることもあります。
なお、単語の最後の子音字は大抵、無音です。ただし、c、r、f、lは語末でも発音することが多いです。それ以外の子音でも、短い単語では読むことがあります。
7 子音(2文字以上の場合)
【ch】ローマ字のsh。カナ書きすればシャシュショ。
(例)Michel/ミシェル(【聖書】ミカエル。大天使)
【gn】nに近い音ですが、舌の先端から半分ほどを、べったり口蓋に付けます。ニャニュニョでカナ書きします。
実際ニャニュニョに非常に似ていますが、ローマ字のy(半母音)は含まず、これで1つの子音です。しかし、単に「ニャ行」と説明する教科書がむしろ大半です。
イタリア語のgn、及びスペイン語のñ(エニェ)と同じ発音です。
(例)Charlemagne/シャルルマーニュ(カール大帝。ロラ歌にも登場)
【sc】(1)e、i、yが続く場合のみ、2文字でローマ字のs。(2)それ以外は、バラバラにsとkの音。
英語のscythe/サイズ(鎌)や、scourge/スカージ(天罰、災厄)と同じです。厨っぽい単語ばっか出すな、ですって? いえ、それが方針です。
【ge】aかoが後続する場合のみ、2文字でjの音(→6)になります。
(例)Geoffroy/ジョフロワ(男子名。【メリュ】暴れ者の英雄):ジェオフロワではありません。
【gu】eかiが後続する場合のみ、2文字で英語のdragonのg。geはジェ、giはジと読むので、gueでゲ、guiでギの音を表します。
(例)guivre/ギーヴル(大蛇):グィーヴルではありません。
【qu】2文字でk。
(例)Riquet/リケ(人名。【ペロー童話集】「巻き毛のリケ」の主人公)
【il、ill】母音字の後にある場合に限り、ローマ字のy。イユと聞こえます。イユではなく、ユとカナ書きする場合も結構あります。
8 半母音
i(イ)、u(ユ)、ou(ウ)に更に別の母音が続くと、iなどは半母音になります。
(例)vouivre/ヴイーヴル(大蛇):ouが半母音のwになっています。
yの前後に母音字があると、yはあたかも2つのiであるかのように振る舞います。
まず、前の母音がaかoだと、aiやoiと同様、エやオワになります。そしてもう1つのiが、後ろの母音によって半母音になります。
ラテン語だと、jの字で似たような現象が起こります。
(例)joyeuse/ジョワユーズ(嬉しい、楽しい。【ロラ歌】シャルルマーニュの剣の名):joi-ieuseだと思って読むと、どうしてこの発音になるか分かりやすいです。
9 重子音
フランス語はイタリア語と異なり、同じ子音字が2つ連続しても、原則として長く発音しません。
ただし、ll、mm、nn、rrは、稀に長くなることがあります。
ssは常にローマ字のsの音です。前後が母音でもzにはなりません。
ccとggは、e、i、yのいずれかが後続すると、2つの文字を別々に読みます。
ccの場合、1つ目のcはkの音で、2つ目がローマ字のs。英語のaccident/アクシデント(事故)と同じです。
ggも同様に、1つ目のgが英語のdragonのg、2つ目がフランス語j(→6)です。
10 母音の長短
フランス語では、単語ごとに長く読む母音が決まっている訳ではありません。発音記号も、長音を示す記号は書かれていない場合がほとんどです。
ai(エ)、au(オ)、eu(ウ)なども、複数の母音字が合わさって新しい1つの音になるだけで、長音になる訳ではありません。
同じ単語の同じ母音が、状況によって長く読まれたり、短く読まれたりします。母音の長短で言葉の意味が変わることはありません。
アクセントがあることと、更に次のどちらかを満たす母音は、長く発音します。
(1) a、o、au、eau、eu、鼻母音のいずれかであること。
(2) g(jと同じ発音のみ)、j、r(別の子音が後続しない場合のみ)、vのいずれかの前にあること。
そのアクセントの位置ですが、まずアクセント記号は無関係です。
1つ1つの単語をバラバラに発音する時は、最後の音節にアクセントがあります。
創作時のネーミングは、大抵1つの単語に基づいて行うはずです。ネーミングのために、その単語の最後の音節を長く伸ばすか否か知りたければ、その音節が上記の(1)または(2)を満たしているか否かをチェックすれば十分です。
実際の会話では、いくつかの単語がリズムグループという集まりを為し、リズムグループの最後にある単語の最後の音節だけが、アクセントを持ちます。つまり会話では、どこにもアクセントが置かれない単語も存在する、という訳です。
いくつの単語が集まってリズムグループになるかは、ケース・バイ・ケースです。
11 リエゾンとアンシェヌマン
会話などで、語末に発音しない子音字がある単語の直後に、母音から始まる単語が来た時、本来よまないはずの子音字も発音します。これをリエゾンといいます。
1つの単語を元にネーミングをする場合は、特に気にしなくてよいです。しかし、複数の単語を繋げて「悪の組織」の名前などを作るような時は、意識する必要があります。
というか、その場合は文法の知識も必要になります。ですので、発音にしか言及しない本連載のカバーする範囲を超えます。
会話などで、発音される子音で終わる単語の直後に、母音から始まる単語が来た時、前の単語の語末の子音と、後ろの単語の語頭の母音が、不可分に結び付きます。これをアンシェヌマンといいます。
当方は個人的に、英語のCheck it up!/チェック・イット・アップ|(チェックしとけよ!)を「チェキラー」と読むようなもの、と考えているのですが、いかがでしょうか。
これも、1単語レベルのネーミングには関係しません。